『 one by one 』





 不意に日が翳った。
 オレはゆっくりと瞼を開き、空を見上げる。
 ひたすら青い空。
 太陽の側に風船が見える。多分、あれの影が顔を横切ったんだろう。
 そんな事をぼんやりと考える。
 背中には柔らかい芝生の感触。

 そうだ。
 オレは公園の芝生の上で昼寝をしていたんだっけ。

 日曜日の午後。
 春、というよりも初夏のような陽気に誘われたオレは、ふと気付くと公園に来ていた。
 丸めた上着を枕のかわりにして、なんとなく横になって空を眺めているうちに眠ってしまったらしい。
 寝ぼけた頭で、そう分析した。

 …ところで。

 オレは自分の右手を見た。
 …いや、正確には右手に乗っている物を。か。
「…なんで、オレの腕を枕にしてるんだ?」
「楽だから。かな? それに、折角ある物を使わないのは勿体無いしね」
 オレの腕を枕にしたまま、柚木は楽しそうに笑った。
「…てゆーか、なんでお前がここにいる」
 オレは一人で公園に来た筈なんだが。
「いちゃいけないの?」
 心外な事を言われた。
 そんな表情で柚木は問い掛けてくる。
「当たり前だ!」
「でも、ここは公園だから、別に構わないと思うんだけど」
 柚木が正論で応えてくる。
 まだ、半分寝ぼけていたオレは、少し考え込んでしまった。
「まあ、確かに不法侵入とかはしていないと思うけどな…」
「なら、いても良いよね♪」
 いい…のかな?
「…ああ、そうだな」
 そのまま再びうとうととし始める。
 ………。
 ……。
 …。
 待て。
 よく考えたら、柚木が公園にいるのは良いとして 、オレの腕を枕にしても良いって事にはならないじゃないか。
 そう言おうと思って見ると、既に柚木は寝息を立てていた。
 オレは暫く柚木の寝顔をポケッと眺めていた。
 …大人しくしていれば、こいつも割と普通の女の子に見えるんだよな。

 柚木に腕を貸したまま、既に10分が過ぎていた。
 柚木の寝顔を見たり、雲を眺めたり。
 しばらくはそんな事をしていたのだが。
 …重い。
 てゆーか、右手が痺れてきた。
 だけど、なんだか叩き起こすのはかわいそうになってくるな。

 柚木詩子。
 茜の傍若無人な幼馴染。
 とんでもなくマイペースで、何を考えているのか全然分からない女の子。
 …基本的には自分にひたすら正直なんだろうな。
 住井なんかはこいつの笑顔がいい。とか、可愛いとか言っていたけど…。

 オレは再び柚木の顔を覗きこんだ。

 まあ、長森と一緒で、特におかしい所はないな。
 型破りな性格の割に整った顔立ちだし。
「…ん…」
 柚木が何か寝言を言った。
「?」
 聞き取れず、顔に耳を近づける。
「…ダメ、茜…これ、甘すぎ…」
 何となく、どんな夢だか分かってしまった。
 オレは思わず苦笑した。
「…柚木も茜のアレには困ってるのか」
「私がどうかしましたか?」
「どわっ!」
「きゃっ!」
 突然、後ろから声をかけられ、オレは柚木の上にかぶさる様に転がった。
「…昼間から大胆ですね」
 振り向けば、茜が冷たい目でオレの事を見下ろしていた。
「ちょっと、折原君! 重い! 重いよぉ!」
 オレの下では柚木がもがいていた。
 ちなみに茜の後ろから、澪が真っ赤に染まった顔を半分だけ覗かせている。
「あ、茜、一体どうして?」
「詩子に呼ばれたんです…浩平、詩子が苦しがってます」
 あ、いかん、忘れてた。
 オレは慌てて身体を起こし、柚木の上からどいた。
「うぅ…折原君、重いよぉ」
「大丈夫か?」
 涙目の柚木が起き上がるのに手を貸しながら、オレは茜の台詞を思い出していた。
「所で茜。柚木に呼ばれたって?」
「はい…でも、多分もう用は済んだんだと思います」
 どういう意味だ?
 柚木の方を振り向くと、何やら怪し気なブロックサインを茜に送っていた。
「…何やってんだ?」
「ななな、何でもないよ!」
 思いっきり、何かありそうだが。
 くいくい。
 と、袖を引かれる。
 澪がスケッチブックを開く。
『あのね』
 ちらっと柚木の方を伺い、続きを書く。
『仲良くなりたいの』
 何の事だ?
 そう聞こうと思ったのだが、一瞬の後、柚木が凄い勢いで澪を抱えて走って行く後ろ姿が見えた。
「…なあ、茜」
「はい」
 何やら少し離れた所で柚木と澪は話し合いをしているようだ。
「柚木ってさ…」
「…はい」
「なんだか、珍しく焦ってなかったか?」
「そうですね…でも、あまり気にする事はないと思います」
「……で、柚木は、何で茜達を呼んだんだ?」
 澪が何回も頷いているのが見える。
 どうやら柚木との話し合いは決着がついたようだ。
 戻ってくる柚木達を眺めながら、オレはそう訊ねた。
「相談を持ちかけられました」
「何の?」
「…友達になりたい人がいるそうです」
 一言でも話をすればみんな友達と言わんばかりの、あの柚木が?
「良くある事なのか?」
「…いえ。初めてです」
 あの柚木がそんな相談をするなんて、その相手というのは、柚木に負けず劣らずマイペースな奴なんだろうな。きっと。
「ただいまー」
『ただいまなの』
 柚木と澪が帰ってきた。
「柚木」
「なに?」
「友達になりたいんだって?」
 一瞬、硬直した後、柚木は茜の方を見つめた。
「…話しました」
「あ…あ、あ、茜のバカーーー!」
 叫ぶなり、柚木は走り去って行った。
 …なんだったんだ?
「えーと…茜…」
「…なんですか?」
「あれ、どうしたんだ?」
 オレの問いに、茜は暫く考え込み。
「…浩平、詩子に伝言をお願いします」
 と言った。

  ***

 オロオロする澪を茜に任せ、オレは家に帰ることにした。
 のんびり休むつもりだったのに、何だか妙に疲れた休日だった。
「あ、折原君」
 オレの家の前。
 塀に寄りかかるようにして待っていた。
 …茜の予想した通りだな。
「なんだ、突発性暴走娘」
「と…」
 お、珍しい。
 柚木が呆れたような顔をしている…こいつに呆れられるのはちと嫌だが、珍しいものを見たかもしれないな。
「急に走っていなくなるから、茜達、心配してたぞ」
「うん」
「あ、それから茜から伝言だ。『誰なのかは伝えていません』。これって友達になりたい奴の事だろ?」
「…うん」
「それと、澪からも伝言だ」
 オレは澪がスケッチブックから破り取った一枚の画用紙を柚木に渡した。
 四つ折りになったそれを開き、柚木はようやく笑顔を見せた。
 そこにはいつもの澪の笑顔が見えてきそうな、そんな文字で元気良く。
『がんばるの!』
 そう、書かれていた。
「うん、そうだね。頑張らないとね」
「で、何を頑張るんだ?」
「うん、とりあえず来週の日曜日、折原君と映画でも見に行こうかな」
 いつもの笑顔で柚木はそう言った。
「…なぜ?」
 あまりにも唐突で、少し戸惑いながらも理由を尋ねる。
「友達になるために」
「友達だろ?」
 何を今更、そんな事を。
 オレがそうじゃないって言っても問答無用で友達を名乗るんじゃないのか?
「…でも、折原君、あたしがいるといつも迷惑そうにしているじゃない」
「あのな、それはお前が本来、いてはいけない場所にいるからだ」
 オレだって、柚木が学校に侵入して来たりしなければ何も言わないぞ。
「…だって…茜の事、心配だから」
「電話もあるし、帰ってからでも会えるだろ」
「でも…」
 少しだけ上目遣いに、柚木はオレの事を見上げた。
「なんだ?」
「それだと折原君や澪ちゃんと会えないし…」
 ああ、そういう事か。
 やっぱり真っ直ぐなんだな。こいつは。
「それならさ」
 ぽん。と手を柚木の頭に乗せる。
「?」
 がしがしとちょっとだけ乱暴に頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと折原君、髪の毛ボサボサになっちゃうよ」
「なら、休みはみんなで遊びに行こう。映画でもなんでも良いぞ」
「…え?」
 何を言われたのか理解できない。
 そんな表情の柚木。
「毎日ってわけにはいかないだろうけど、休みに遊びに行くならいつでも付き合うぞ?」
 やがて、その目に理解の色が浮かぶ。
 そして嬉しそうな笑顔。
「うん!」

  ***

「うまくいったみたいですね」
 うんうん。と頷く上月さん。
 浩平が公園を出てすぐに、後を追いかけてきたのですが、どうやら心配する必要はなかったようです。
『良かったの』
「ええ、そうですね」
 友達として認めて貰えていないから、まずは友達から。
 ひとまず、最初のステップは成功したみたいですね。
「行きましょうか」
 私は上月さんの背を押し、詩子達の元へと向かいました。
 今日の所はまだお友達ですから、お邪魔じゃないですよね?





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
掲載時コメント:
多分、はじめまして。KOHと申します。
いつもはインターネットの片隅でひっそりとSSを書いている生き物です。
HPは隊長さんのHPからリンクされてますので、他のも読んでやろう。という奇特な方はそちらからどうぞ。

詩子、いいですよね。
ONEの中では一番とは言わないまでも、相当に好きです。
明るくて前向きで、優しくて活発で。
実際にああいう娘がいたら…いたら…きっと死ぬほど迷惑だけど、憎めないでしょうね。

今回、初めてインターネット以外の媒体で発表する事を前提としてお話を書かせて頂きました。
反応が見えない世界ですので、ちょっと恐いです。
わずかでも、あなたの考えている様な「詩子らしさ」が出ていれば良いのですが。

あ、タイトルの「one by one」ですが、これは「一つずつ」という意味です。
類義語としては「step by step」なんてのがありますね。
てゆーか、普通はそっちを使いますね。
タイトルの意味は…内容を読んで頂いた方にはお分かり頂けている…と良いなぁ(^^;

でわ(^^)/

inserted by FC2 system