『詩子シナリオ・番外編』



 正月。
 宴会に明け暮れた年末から、宴会に明け暮れるであろう年始に入り。

「折原〜、飲んれるかぁ?!」
 酒浸りの住井、他数名が俺の部屋で、くだを巻いている。
 …いや、既にくだを巻くというレベルを通り越し、巳年に相応しくもとぐろを巻いている。
「ああ、飲んでるって…しかし毎年の事だが、一体どれだけ酒持ってきたんだ?」
「らいじょーぶ。21世紀も飲み倒せるぞぉ」
 100年飲み続ける気か、こいつわ。
 騒ぎ疲れ、少し空気を入れ替えるために窓をあけて、抜けるような青空を見上げる。

「里村さ〜ん!」
 ばっと起きあがり、唐突に叫ぶ沢口。もとい、南。

 茜か…。
 …今頃、詩子と初詣にでも行ってるんだろうな。
 ふと、クリスマスの詩子とのやりとりを思い出す。

   「最近、私に付き合ってばかりでしょ?」
   「まあ、そうだな」
   「瑞佳さんに聞いたんだけど、今まで年末年始は住井君達と浩平の家で飲んでたんだよね」
   「ああ、いつも新学期が始まるまで飲み倒してたぞ」
   「今年はそうしなよ。私も茜達と少しは遊んであげないといけないしさ」
    …遊んでもらう、の間違いではないのか?。
    無表情に猫じゃらしで詩子と遊ぶ茜の図。等と言う物を想像してしまう。
   「と言う事で、年末から別行動ね。じゃあ、良い御年を!」

 まあ、久し振りにこうやって住井達と大騒ぎするのも悪くはない。
 悪くはないのだが。
 正直、詩子にも会いたいと思う。

 窓から空を見上げて溜め息をつく。
 なんか、あいつのペースって強引だけど憎めないんだよな。
 …惚れた弱みってやつかな。
「んだぁ、折原ぁ〜。柚木さんが恋しいかぁ?」
 住井の声が笑っている。
「な、バ〜カ、んなワケあるか!」
 くそ。なんて鋭い奴だ。
「ほ〜、そんな事言うかぁ」
「ほっとけ」
 真実ってのは、そこを突かれると痛い物なんだ。

「酷い奴だな」
「うん、酷いよね。折角来たのに」
 ……はい?
「…付き合い、考え直した方が良いのではないですか?」
「はぁ、ゴメンね詩子さん。浩平も本気で言ってるわけじゃないから」
「うん、分かってるよ」
「あ、長森さん、ひょっとしてそれ、差し入れ?」
「あ、うん。簡単だけどおせち料理だよ」
「おせちか、嬉しいなぁ」
「里村さ〜ん!」
「………何ですか?」
「一緒に飲みましょう〜」
「…嫌です」
「あああ、茜、一応一緒に飲みに来たんだから…」
「…分かりました。飲みます」
「ごめんね、分かりにくいけど、茜、もう酔ってるんだ」
「…酔ってません」
 ………待て。
 ……さっきから聞こえるこの声は。
 …ふ。
 騙されるか。
 どうせ住井が詩子と茜と長森の声をMDにでも録って流しているんだろ。
 驚いて振り向いた俺を肴に盛りあがろうというなら甘い。甘過ぎるぞ。山葉堂のワッフル並の大甘だっ!

 と、唐突に背中に柔らかい物がかぶさってくる。
 あれ?
 この香りは…。
 後ろから首に回された腕。
 見慣れた形の手。
「詩子?」
 振り向く瞬間を狙い、唇に瞬間、柔らかい物が触れた。
「明けましておめでとう。折角私がきたんだからもっと嬉しそうな顔したら?」
 詩子の後ろには長森と茜が住井にすすめられるままに酒を飲んでいた。
「詩子…どうして?」
「うん、さっきまで茜と瑞佳さんとで新年会したんだけどね。年末から浩平に会ってないって言ったら、じゃあ、会いに行こうって」
 …そういう余計な事を言い出すのは長森だな。
「でね」
 詩子は俺の手を引いて立ちあがらせる。
「とりあえず、一緒に初詣に行こうよ。ずっと飲んでて初詣にも行ってないんでしょ?」

  ***

「…それで。なんで、お前達まで付いて来る」
 住井達は気を効かせたのか、単に面倒なのか、出てこなかったのだが、長森と茜はしっかり付いて来ていた。
「だだだだって! 浩平だけじゃ、心配だもん!」
「…詩子だけだと何をするか分からないですから」
 …幼馴染ってのはみんなこうなのか?

「あ、ほら、もうすぐ順番だよ」
 詩子は俺の右手をしっかりと握って、人込みに流されないように賽銭箱に近付いて行く。
「…俺はここから賽銭投げれば十分満足なんだが」
 こう混んでいると、最前列まで行くのもきつい。
「ちゃんと前まで行ってお願いしないと駄目だよ」
 ちなみに茜達は、俺と詩子の後ろにくっついて来ている。
「そんなに鈴、鳴らしたいのか?」
「違うよ。ここの神様には御世話になったから、きちんと礼を尽くしたいんだ」
 御世話になった?
 …そう言えば、前に茜が言ってたな。
 詩子はずっとこの神社で待っていたって。
「…そか…仕方ない。じゃあ俺も付き合うか」
「うん…あ、浩平、ちゃんとした参拝の仕方知ってる?」
 参拝の仕方なんてのがあるのか?
「…いや、見よう見真似だけど」
「えーと…ああ、説明する時間がないから私の真似してね」
「…ああ」

 詩子は賽銭箱の前に立つと、小銭を入れたと思われるぽち袋を二つ取り出し、一つを俺に手渡した。
「じゃあ、真似してね」
 そう言ってぽち袋を賽銭箱に落とし込む。
 そして、二回、思いきり深く頭を下げ、背筋を伸ばして二回、拍手を打つ。
 そしてまた、今度は一回。深く頭を下げ、手を合わせて小さく何かを呟く。
 それだけやってから鈴を鳴らして小さく一礼。後ろで待っている茜と交代した。
 …これ、俺もやるのか?

  ***

「浩平! こっち!」
 呼ばれるままに人込みを抜けると、詩子は俺の手を引いて歩き出した。
「あ、おい、茜達とはぐれちまうぞ」
「大丈夫だよ」
「そうか?」
 この人込み。はぐれたら合流は難しいぞ。
「最初からはぐれる予定だったから」
 …おい。
「瑞佳さんも茜も了承済みだよ」
 それはそれで後が恐い気もするけど。

  ***

 浩平の手をしっかりと握り、私は浩平の家に向かってゆっくりと歩き出す。
「なあ、どこに行くんだ?」
 私の行動が掴みきれていないのか、ちょっと不安げに、それから思いっきり楽しそうに浩平が尋ねてきた。
「すぐに帰るんだけどね、ちょっとだけ二人で歩きたかったから」
「そうか。俺も一緒に歩きたいって思ってたし、丁度良いかな」
 浩平の返事を聞いて、私は少し嬉しくなる。

 私に良く似ていて、全然違っていて、私が一番好きな人で、それから私の事を一番に好きでいてくれる人。

「…所で何をお願いしていたんだ?」
「何もお願いしてないよ」
「それは秘密って事か?」

 本当に何もお願いなんてしてないんだけどね。

「まあ、お願いとやらが叶ったら教えてくれ」
 お願いなんてしてないんだけど。
 ま、いっか。
「うん♪」


 お礼…してただけだから。


 出合わせてくれてありがとうございます。

 浩平を返してくれてありがとうございます。

 一緒にいさせてくれてありがとうございます。



 あなたがここにいるから。

 今の私にはそれ以上の望みはないもの。

 去年のお正月、あなたの事を覚えている人はいなかったから。

 今、あなたは私の隣にいるから。

 これ以上、望む事は何もないから。



「さて、帰ったら飲むか。あ、そうだ。由起子さんもそろそろ起きただろうし、呼んで一緒に飲むか」
「えーと、浩平のオバさんだっけ?」
「ああ…オバさんって言うか、母親みたいな人なんだけどさ、詩子のこと、ちゃんと紹介したいし」
「…え?」


 今、私は、私の望んだ以上に幸せだから。













『詩子シナリオ・番外編』

  ━━あなたがここにいるから━━

 西暦2001年 元日






明けましておめでとうございます。

本世紀も宜しくお願い致します。

今年が。そして今世紀が、あなたにとって素晴らしい時になりますように。


              KOHの雑記帳 管理人 KOH

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