2002年 年賀SS


KOH 作

 元旦の朝。
 昨夜、除夜の鐘の最初の一つを聞くと言う偉業を成し遂げた名雪はまだ夢の中だ。
 俺は、というと。
「祐一さん。今年も宜しく御願いしますね」
 と、ニコニコしている栞と。
「あけましておめでとう。名雪は…聞くまでもないわね」
 と諦め顔の香里の、美坂姉妹の襲撃を受けていた。
「失礼ね。襲撃って何よ」
「な…まさか…」
「口に出てましたよ」
 …元旦早々やらかしたか。
「し、しかし、二人とも振袖か、良く似合ってるぞ」
「わぁ、嬉しいです」
 両手を合わせて喜ぶ栞。
「誉めても何も出ないわよ」
 頬を染め、横を向く香里。
 …本当に両極端で見ていて飽きない。

「で、今日はどうしたんだ?」
 特に約束をした覚えもないんだけれど。
「はい。祐一さんと一緒に初詣に行こうと思いまして」
「で、私は付き添い。それと名雪が起きていたら一緒に行こうと思って」
 何て無謀な事を考えるんだ。こいつわ。
「…香里」
「何よ」
「休みの午前中だってのに名雪が起きていると、本当に思っていたのか?」
「…私が悪かったわ」
 どうやら本人も無謀な挑戦だと気付いていたらしい。
「うー…ひょっとして二人とも酷い事言ってる?」
「そんな事ないぞ(わよ)………え?」
 振り向けばそこには。
「くー」
 猫模様のドテラに身を包んだ名雪がいた。
「…まさか…休みの朝に名雪が一人で起きてくるなんて」
 まあ、起きているというには相変らずの糸目なんだけど。
「今日はきっと大雪ね」
「或いは真夏日か…」
「やっぱり酷い事言われてる気がするよ〜」
 そんな俺達のやり取りを、栞は少し困ったような笑顔で眺めていた。
「さあ名雪、こっちにいらっしゃい」
 秋子さんが名雪を連れて奥の部屋に向かう。
「くー…」
 相変らず糸目のままの名雪だが、素直に秋子さんに付いて行く。
 それを見送りながら、俺は衝撃の事実を口にした。
「…あいつさ、昨日の晩は除夜の鐘まで粘ってたんだ」
「…嘘…それじゃ8時間しか寝てないって事じゃない」
「充分だと思いますけど?」
 呆然とする香里。
 良く判っていない栞。
「栞はまだ名雪の事を理解していないな」
「そうね…そう言えば、秋子さんのアレだってまだ知らないんじゃない?」
「正月早々、イヤな事を言わないでくれ」
 思い出しちまったぞ。

 しかし、冷静に考えてみると。
 水瀬家は不思議が一杯だ。 

 初詣。
 正月の定番行事であるだけあって、神社は盛況だった。
 あの後、秋子さんに振袖を着付けてもらった名雪を加えた俺達は、神社の参道の人混みを前に呆然としていた。
「…凄い人混みね」 
「祐一さん。はぐれないように手を繋ぎましょう」
 と、言いつつ、俺の右手を抱え込む栞。
「あ、それじゃこっちの手は私だね」
 と、空いている左手を掴む名雪。
「両手に花ね」
「なら、変わってくれ」
 歩きにくい事この上ないぞ。
「妹に恨まれたり、名雪に恨まれるのは嫌よ」
 極上の笑みを浮かべながらそんな事をのたまう香里。
「そういう事いう香里、嫌いですぅ」
「…あら、そっくり」
 香里はそう言ってクスクス笑った。
 と、右手にかかる圧力が急激に増した。
「…祐一さん…誰の物真似ですか?」
 栞が上目遣いに俺を睨み付けている。
 …香里と比べると圧倒的に迫力に欠ける。
「さて、それじゃお参りするか」
「そうね」
「祐一、帰りに御御籤引こうね」
「あ、ほったらかしなんで酷いですぅ」

 ざわざわとざわめく人の波。
 その波の一部になりながら拝殿に辿り着く。
 香里と栞、それに名雪は真剣な面持ちで両手を合わしている。
 さて。
 取りたてて願う事はないんだけど。
 俺はもう一度、栞と香里の方を見やってから手を合わせた。

「御正月ですから、御抹茶を点ててみました」
 と、秋子さんが全員に御茶を振舞っている。
 秋子さんも正月らしく留袖を着ている。
 …多分、振袖を着ていても違和感ないんじゃないか?

 神社を出た俺達は、まっすぐに水瀬家に戻っていた。
 この時期にやっている店はどこも混んでいるし、かと言ってそのまま解散と言うのも寂し過ぎる。

「綺麗な器ですね」
 香里が白地に薄紅を散らしたような茶碗を手に、溜め息をついた。
「知人からの頂き物なんですけど、こういう時でもないと使えませんから」
 ニコニコといつもの笑みの秋子さん。
 ところで。
「秋子さん。なんで御節料理が二つも出てるんですか?」
 重箱が二つ、並んでいる。
「それは見てのお楽しみです」
 片手を頬にあて、いつもの秋子さんスマイル。
「あれ? うちにあんな御重箱あったっけ?」
 名雪も首を傾げている。
「それじゃ、準備しましょうか。栞ちゃん、御願いしますね」
「はいっ」
 取皿と箸を人数分並べる栞を優しい笑みを浮かべて見守る秋子さん。
「名雪は手伝わないのか?」
「うん。お母さんがああ言うんだから、栞ちゃんに任せた方が良いんだよ」
 なるほど。
 香里の方を見ると巾着を広げてごそごそやっている。
「はい、準備出来ました〜」
「相沢君…頑張ってね」
「は?」
 何を?
 と聞くまでもなく、答えは目の前に広がっていた。
 重箱に詰まっていたのは、色とりどりの御節料理…ではなく。
「…弁当?」
「はいっ。今日は頑張っていつもの倍、作って来ました」
「待てこら! 誰がそんなに食べるんだ?!」
「もちろん祐一さんです」
「残したら祐一の今年一年の食事は紅生姜フルコースだから」
「胃薬、持って来てるわよ」
「ジャムの方がお好きですか?」
 うぐぅの音も出ない状況だった。
 こんな事なら、神社で俺の健康を祈願するんだった。
「あ、栞、そっちの卵焼き取ってちょうだい」
「はい、お姉ちゃん」
「あ、私はこっちの生姜焼きもらうね?」
「はい、どうぞ、沢山ありますからいっぱい食べて下さいね」
「あら、この唐揚、良く揚がってるわね」
「わ、秋子さんに誉められちゃいました」
 みんなが仲良くいられますように。
 …神頼みの必要、なさそうだもんな。
「ほら、祐一さんも食べて下さいね」
「おう、こうなったら死ぬ気で食ってやる!」
「頑張って下さい!」
「…でも、少しは手加減してくれると嬉しい」
 栞と香里は顔を見合わせ。
「「そんな事いう人、嫌いです〜」」
 うぐぅ。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれ?
年賀SSは御休みの筈だったのに(^^;
ええと。
というわけで、改めまして。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

でわ(^^)/
《戻る》 inserted by FC2 system