可愛い問題児達 −1−


 世の中には問題児と呼ばれる生徒達がいる。
 確かに誰が見ても問題児。誰が見ても良い子。という種類の人間がいる事は否定できないし、するつもりもないけど。

 だけど多くの場合、問題児や良い子というのは客観的かつ絶対的な評価ではなく、主観的かつ相対的な物だと私は思う。

 例えば、成績優秀、品行方正な生徒。
 担任にでもなれば、これほど扱いやすい生徒はいないかもしれない。
 更に、家柄も良く、見目麗しいときたら、これはもう、無敵のお嬢様よね。

 だけど私にとっては、今年入学してくる倉田 佐祐理という女生徒はかなりの問題児だった。

 私は、今年度入学予定者の健康診断書の中から、問題のありそうな生徒をピックアップしていた。
 今年の生徒の大半は病歴等、特になし。
 何人かの生徒は、過去に盲腸や骨折などの病歴が記されている。
 軽いアレルギー症状を持つ生徒もいる。
 ここまではいつもの事。

 そして、問題の倉田 佐祐理。
 病歴・怪我の欄に、左手の怪我の事が書かれている。
 最初は自殺未遂を疑ったけど、診断書に書かれている怪我の状況は、自殺未遂程度の物ではなかった。
 握力がなくなるほどに腱を痛め、筋肉を傷めている。
 中学の時の体力測定の結果を見ると、左手の握力は10キロに満たない。
 これで自殺未遂だったら、死んでないのが不思議なくらいのひどい怪我。

「センセー、頭痛んだけど、次の時間寝かせてー」
 保健室の常連の一人が顔を見せ、私の思考は中断した。
「何。次の時間、ひょっとして数学?」
「…う、なんで分かるの?」
 この娘はいつもそうなのよね。
「単位落しても知らないわよ」
 一応、釘を刺しておく。
 だけど、追い返しはしない。
 誰にだって、逃げ場所は必要だものね。
「大丈夫、ちゃんと計算してるから」
 計画的か…。
 …まあ、無計画よりはずっと良いか。
「ちゃんと、利用記録簿、つけるのよ」
「はーい」
 私は意識を健康診断書に戻した。
 ああ、そうだ。
 取り敢えず、この倉田さんのために痛み止めと湿布は切らさないようにしないといけないわね。

  ***

「保健の先生はこちらでしょうか?」
 朝、授業が始まるまでは、私は保健室ではなく、職員室に出ている。
 伝達事項もあるし、他の先生方とのコミュニケーションを取る事が出来るのもこの時間くらい。
 養護教諭はもっとも生徒に近い学校職員と言われるけど、確かにそれはそのとおり。
 職員室に顔を出すのは本当に朝と帰る前くらい。
 昼休みは保健室で生徒と過ごす事の方が多い。

「どうしたの?」
 初めて見る顔。
 リボンの色から、一年生だと分かる。
 だいぶ顔色が悪い。
「あの、友達が怪我をして、今、保健室で待っているんです」
「怪我? どういう怪我?」
 すぐに職員室を出る。廊下を歩きながらその女生徒に怪我人の状況を訊ねる。
「あ、あの、手を怪我してます。あ、犬に噛まれたから」
「犬に?」
 早歩きだったのが、遅目の駆け足になる。
「あの、それで、一応、応急手当はしてみたんですけど」
「良く洗った?」
 犬に噛まれた場合、狂犬病も恐いけど、そんなマイナーな病気よりは雑菌による化膿の方が恐い。
「はい、でも消毒とか出来なくて」
 確かに。
 オキシドールは薬品戸棚の中に入ってるから、鍵がないとね。

  ***

 呼びに来た娘は、どことなく呆っとした雰囲気のある女の子だったけど、保健室で待っていた娘は、ちょっと目付きの鋭い一年生だった。
 一通り、必要そうな物を準備してから、応急手当をしてある手を見る。
 巻いてあったハンカチを外す。
「これはまた、綺麗に噛まれたわね」
 傷は深いけど、綺麗な噬み傷になっている。
 普通、噬まれた時に暴れたりすると、傷口を広げてしまう物なんだけど、裂傷になってない所を見ると、噛まれた時に暴れなかったのかしら?
 でも、暴れないまでも、痛みで思わず引いちゃうわよね。普通。
「ちょっと…というか、かなり染みるわよ」
 オキシドールを片手に、少女に向かって言う。
 コクン。
 頷くその娘。
 なんだか、高校生に見えないわね。
「あ、それとあなた」
 呼びに来てくれた娘に声をかける。
「見てると気持ち悪くなるかもしれないわよ」
「…大丈夫です」
「そう?」
 傷口を押し広げる。
 止まっていた血が流れ出す。
 その娘は眉をしかめたけど、それだけで声一つ漏らさない。
 結構痛いと筈だけど…まあ、耳元で悲鳴をあげられるよりは良いけど。
 オキシドールを染み込ませた脱脂綿で傷口を拭く。
 さすがにこれは痛かったのか、腕に力が入る。
「あ、駄目駄目。力抜いてないと痛いわよ」
 言いながらも消毒を進めていく。
 白かった脱脂綿が真っ赤になっている。

 脱脂綿を数回取り替えて、ようやく消毒完了。
 幸い、大きな血管は傷ついていないみたいだけど、これはちょっと跡が残るかもしれないわね。
「消毒は終わりよ、良く頑張ったわね」
 こくん。とその娘は無表情に頷いた。
 男子でも泣くほど痛いんじゃないかって位の深い傷。
 出来るだけ、丁寧に、手早くやったつもりだけど、痛くないわけはないわよね。
 滅菌ガーゼをあてて、包帯を少しきつ目に巻く。
「若いから、傷自体は3日もあればふさがると思うけど、跡になるかもしれないから病院に行った方が良いわね」
 あの綺麗な噛み傷からすると、多分、狂犬病の心配はないわね。

「ふわぁ…大丈夫?」
 治療が終わるのを、息を殺して見つめていたのだろう。
 私を呼びに来た娘は大きく息を吐き、そう訊ねた。
 なんか、ちょっと微笑ましいわね。
「…大丈夫」
 さて。
 私はノートを取り出した。
「で、保健室を使った時は、これ、書いてもらう決まりなんだけど…その手じゃ書けないわよね」
「あ、佐祐理が代りに書きますよ〜。えーと…あはは〜、良く考えたら、まだ名前を聞いていませんでした〜」
「…舞…川澄 舞」
「舞さんですね。私は倉田 佐祐理です。よろしくお願いしますね〜」
 へぇ、この娘が?
 まさか、付き添いで会うとは思ってなかったわ。

「はい、書きました。これで良いですか〜?」
「…ええ、これで良いわ。それじゃあ、後でちゃんと病院に行くのよ」
 すっ、と視線を包帯の巻かれた手に落とし、すぐに私の顔に戻す。
 川澄さんはコクン。と頷いて頭を下げた。
「じゃあ、倉田さん、教室まで一緒に行ってあげてね」
 多分大丈夫でしょうけど、一人になった途端に倒れたりすると大変だものね。
「はい。じゃあ、行きましょうか、え〜と。川澄さん」
「…舞」
「あはは〜。じゃあ、佐祐理も佐祐理で良いです〜」

  ***

 その日の昼休み、学食で一緒に牛丼を食べる二人の姿があったというが、それはまた別のお話。



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謝辞

このSSは、Kosさんがアイディアを提供して下さいました。
他SSの感想を頂いた際に、幾つかの題材を提供して下さいましたので、KOHなりにアレンジしてみたつもりです(^^)
この度、お名前を載せる許可を頂きましたので、後書きに変えて謝辞とさせて頂きます。この場を借りてお礼申し上げますm(_ _)m


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