可愛い問題児達 −2−


「それで、ですね。普段は真面目な生徒なんですが、どう言う訳か、授業の大半を寝て過ごしているんですよ」
 生徒の健康に関する相談は何も生徒からだけに限ったものではない。
「そう言うのはあまり聞かないですけど、思春期特有の病気なりだったら、あまりきつく言うのもアレですし」
 石橋先生は困ったように頭をかいた。
 こうやって、教師が生徒の健康管理について相談してくる事も、稀にだがある。
 それにしても、普段は寝てるのに真面目?
 授業態度としては最悪のような気もするけれど。
「あの、その生徒の成績はどうなんですか?」
 授業の大半を寝ていてついて来られる物だろうか?
「ええ、それが、まあ、何とか普通の成績を維持しているんです。苦手科目も得意科目もそれなりにあるみたいですし」
 塾通いで睡眠時間がないから授業中に寝る。というケースだろうか?
 成長期に睡眠時間が増えるケースも少なくはないし、思春期に寝不足になる事だって珍しい事ではない。
 実際に話してみないと何とも言えないのが正直な所だ。
 正直に、そう答える。
「それでは、後日、ここに来るように言っておきますから」
「ええ、でも守秘義務を優先しますから、場合によっては何も教えられない事もありますよ」
 石橋先生は少し鼻白んだような表情をする。
 でも、養護教諭にとっては、生徒との信頼関係が一番大事なもの。
 カウンセリングをするにも、それがなければ何も教えては貰えない。
 そんな事を話していたから、私は肝心な事を聞くのを忘れてしまっていた。

  ***
 
「すみませーん」
 その声とともにドアが開き、二人の少女が顔を覗かせた。
 二人の内、片方は見覚えがある。
「あら、また、あなた?」
 昨日、体育の授業で足を捻挫した娘だった。
 確か、その時の見立てでは全治三日。
 だけど、よく見ればその娘は体操服を着ている。
「水瀬さんだったかしら。もしかして、体育の授業に出たの?」
 昨日の今日なのに。
 利用記録簿を見れば、水瀬名雪という名前がしっかり残っている。
 うん。全治三日の捻挫って書いてあるし。
「はい。その、治ったと思ったから、今日は短距離の測定だったし」
 走ったのね、要するに。
「とにかく座って裸足になって。ええと、そっちのあなたは付き添いかしら?」
「はい。今日は保健委員が休みでしたから。見捨てるのも寝覚めが悪そうでしたので私が代理って事で」
「う〜、なんだかひどい事言われてる気がするよ〜」
 気がするだけなの?
「気のせいよ。現にこうして見捨てずに連れてきてあげたじゃない」
 なるほど。
 とりあえず、目の前の水瀬さんに注意を戻す。
 右の足首を軽く動かしてみる。
「いたた」
 途端に眉をしかめる。
 前の捻挫がひどくなってるわね。
「ちょっと待ってて」
 ビニール袋に氷を入れてタオルにくるむ。
「しばらくこれを当ててなさい」
「はい」
 湿布と包帯を用意する。症状は典型的な捻挫。
 骨折の心配はないけど、少し赤く腫れている。
 冷湿布を適当な大きさに切り、軽く切れ目を入れていく。
 その様子を付き添いの娘が興味深そうに覗き込んでくる。
「それ、どうして切るんですか?」
 付き添いの娘が首を傾げている。
「これ? 足首は可動部分だからね、包帯の下でずれたり剥がれたりしないようにしてるんだけど、こう言うの興味あるの?」
「いえ、ただ、どうしてかなと思って」
 そう言うのを興味があると言うのだけれど。
 と、突っ込む事なく準備を終える。
「さて、見せて」
 氷を当てていた場所は十分に冷えている。
 シップをあててくるくると足首に包帯を巻いて行く。
 そんなにひどい捻挫じゃないけれど、こう言う捻挫はきちんと治さないと怖い。
 これはどんな病気も一緒だけど、『治りかけ』と『完治』の差は分かりにくい。
 ちょっとした油断でぶり返したり、癖になったりする病気も少なくはない。
「全治三日って言ったのに走るなんて無茶して。今度は全治五日、今日から五日だからね。その間、体育は休みなさい」
「え〜?」
 不満そうな声があがる。
 ちょっと驚いた。
 今どき体育が好きだなんて珍しいわね。
「それじゃ、部活は?」
 ペシッ。と付き添いの娘がその娘の後頭部を叩く。
 叩かれた所を抑えて、水瀬さんは恨みがましい目で付き添いの娘を見上げた。
「う〜、香里、痛いよ〜」
「あんたの部活、陸上でしょう。体育も出られない人がなに言ってるのよ」
「でも、来月は記録会だし」
「なら、余計に今しっかり治しておかないと駄目でしょうが!」
 その通り。
 私の台詞が残ってないわ。
「うー、でもぉ」
「そんな聞き分けのない事言う人は嫌いよ」
「むぅ〜」
「そこまで聞き分けがないなら秋子さんに連絡してジャ」
「わぁっ! 安静にする! します! お願いだから安静にさせてください!」
 態度を急変させる水瀬さん。
 でも、ジャって何?
「という事でよろしいですか?」
 まあ、結果オーライって事で。
「大変結構です。じゃ、水瀬さん、これ、書いてね」
 利用記録簿を渡す。
 付き添いの娘は部屋に貼ってある保健室独特のポスターをぼんやり見ている。
 やっぱり、保健関連に興味あるのかしらね?
「はい、出来ました〜」
 水瀬さんがにこにこしながら利用記録簿を返してくる。
 一応記述内容を確かめる。
「はい、それじゃ、全治五日だから、忘れないでね。そっちの娘も宜しくね」
「ええ、体育と部活はちゃんと休ませます。ほら、行くわよ、名雪」
「わぁ! 怪我人なんだから、もっと優しくしてくれても良いのに〜」
「なら、それらしく、もっとおとなしくさない!」
 こうして、賑やかな二人は教室に帰っていった。

  ***

 後日、かの眠り姫の名前を石橋先生から聞いた。
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
 私は笑ってそう答えた。
「あんな風に笑える娘なら、思春期特有の心の病って事はないです」
 友達がいて、一緒に、心から楽しそうに笑えていた。
 ああいう生徒ばかりなら私も随分と楽なんだけど。
 まあ、例外があるとすれば恋の病位のものだけど、そっちは医者の管轄外だし。
「そういうものですか?」
「それに、たまに怪我した陸上部員の付き添いで来たりしますけど、本人は健康そうですよ。まあ、話した感じでは大丈夫だと思います。一時的な物でしょう」

 後に、その見立てが甘かったと知るのだが、それはまた別のお話。



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