長森瑞佳観察日記


 長森瑞佳の朝は早い。
 高校まで1.5km程しかないと言うのに、朝6:00には起きている。
 そんなに早起きをして何をするのかと言えば、猫の世話と自分の弁当作成。
 学校に着く頃には汗だくになる可能性が70%以上ではあるが、一応シャワーを浴びてから家を出る。
 目的地は幼馴染の折原浩平の家である。
「おはよーございます」
 と、由起子さんに朝の挨拶。
 由起子さんも慣れた物で
「今日は焼き魚だから」
 と、浩平の朝食のメニューを瑞佳に伝え。
「行って来ます」
 と、家を出る。
 瑞佳も違和感なく。
「いってらっしゃーい」
 等とそれを見送り、今日も勝ち目の薄い戦いに挑む。
 つまり。
「ほら、起きなさいよぉ!」

 で、今日も負けた。

 学校ではいつも真剣に授業を受けている。
 最近は真剣な上に楽しそうだ。
 一体何が楽しんだか。とは浩平の弁だが、これに関しては私も全く同感。
 家でも勉強をしているのに、学校でも勉強をするなんて…そんな時間があるなら猫と遊んだ方が楽しいだろうに。
 休み時間は沢山の友達と話したりしながら過ごす。
 彼女には男女を問わず友達が多い。
 まあ、男子の大半は浩平に遠慮しているようだが、人当たりのよい彼女はかなりの人気者である。
 実際…どうなのかねぇ?
 浩平の様子を見ていると、彼女との関係は、まるで出来の悪い兄と、面倒見の良い妹って感じだけど。
 昼休みは、二人で仲良く食事…って、なんか、昔とは大違いだ。
 前は浩平と七瀬さんの昼食にかなり強引に割り込んだりしていたのに。
 それから、何が楽しいんだか寒い屋上で二人で食べたり…。
 さすがの浩平も、一年も放っておいた事を反省しているのか?

 放課後、彼女は浩平と連れ立って教室を出た。
 どうやらバタポ屋に向かうらしい。
 浩平は酒飲みの癖にかなりの甘党である。
 彼女も女の子の常としてやはり甘党。
 浩平が彼女を誘う事が多いが、その逆もないわけではない。
 もっとも、浩平は主に自分の都合優先で、平気で彼女の誘いを断るのだが。
 それについ最近まで1年以上も彼女の事を放っておいたりしたし。
 もう少し、彼女の事を大事にしてもバチはあたらないと思う。と言うか、もっと大事にすべきだ。
 よし、ここは一つ私からビシッと言ってやろう。
 校門を出たところで私は二人に声をかけた。
「にゃー」
「あ、ルンナ?」
「お、長森の所の最長老か。なんだってこんな所にいるんだ?」
 今日は一日中、ついて回っていたのに気付かなかったのか、このボケは。
「ほんとだねぇ。ここ、結構遠いのに」
 …まあ、猫族がその気になって尾行してたら人間にはちょっと判らないかも知れないか。 
「にゃー」
「で、どうする? そいつ連れてクレープ食いに行くのか?」
「えーと…ゴメン。今日はやめておくよ、ルンナを家まで連れて行かなきゃ」
 あ、いや、それはそれで嬉しいが、折角のデートの邪魔をするわけにも…。
 と、私がきびすをかえしかけた所で、浩平の手が私を捕まえた。
「ぅにゃー」
 と、抗議の声をあげるが、聞いちゃいない。
「なら、こいつはオレが抱いてってやろう、結構重いからな」
 …ま、まあ、他の猫と比べれば多少重いのを認めるのはやぶさかではないが…。
「え、でも浩平、クレープは?」
「男一人で並ぶのはちょっとな…」
 逃げるのは諦めて浩平の腕の中で体を丸める。
「ごめんね…そのうち埋め合わせはするよ」
「気にするな。オレが好きでやってるんだから」
 おや?
 なんだか素直だな。
 ここ1年ばかりいなかった間に、心を入れ替えたのか?
「それに、こいつにも世話になったからな」
 …わたしゃ、お前なんか世話してないぞ。
「浩平が?」
「いや、長…瑞佳が、だ」
「もう、世話をしているのは私の方だよ」
 そうだな。と笑いながら私の背中を撫でる浩平。
 …あのうさぎの縫いぐるみだけに任せてはおけなかったから、浩平がいない間はできるだけ、交代で起きて側にいるようにしていたが…ふむ。
 そろそろ、任せても良いかな。
 まあ、若い連中は色々と不満もある様だが、仮にも彼女の選んだ男だ。
 問題はないだろう。
 …後は、朝自力で起きられる様になれば合格だな。
 ……なんかそれが一番難しそうな気もするが。


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