「…雪」
…雪が降っていた。
「…綺麗ですよね♪」
「ああ…」
隣にいる栞が、そっと腕を絡ませてくる。
視界を埋め尽くす白い結晶。
目の前では白い妖精達が絶え間なく舞い踊ってる。
その幻想的なまでに美しい光景に、思わず本当に妖精が出てくるのではないかと思ってしまう。
まるで時間が止まっているようだ。
「…二人とも現実から目を逸らさないで欲しいわね」
…だが、美しい情景に浸っていた俺と栞に、いきなり香里が水を差した。
「どういう意味だ?」
「…言葉通りよ」
「……………」
俺たち……。
俺と栞と香里と名雪の4人は……。
…………。
………。
……。
…遭難していた。






『そうなんです』



「くー…」
「寝るなっ!寝たら死ぬぞっ!!」
「うにゅ…寝ないと死にゅお〜」
「それもそうだが……やっぱり寝たら死ぬぞっ!!」
冬眠モードに入りかけた名雪を雪の中から掘り起こす。
…ここは雪山。
猛吹雪に視界を奪われ、周囲はほとんど見えない。
なぜだ…?
いったい、なぜこんな事になったんだっ!?
「相沢君が道さえ間違えなきゃね…」
「………」
…そう。
まるで心でも読んでたかのように、香里がポツリと呟いた言葉。
…俺達4人は青森県は八甲田連峰、酸ヶ湯温泉に来ていた。
当然、混浴だ。
いわゆる湯治というやつだろうか。
とりあえず観光を兼ねて、周囲の散策に出たのだが、急に天候が崩れだしてしまった。
これでは、例え土着民でも道に迷うだろう。
まさに不慮の事故としかいいようがない。
「相沢君が『こっちで間違いない』なんて言って、栞を引っ張って行くから…」
「……………」
…まっ、まあ、そんな訳で俺達は遭難してしまった。
「しっ、しかし……本格的に遭難したみたいだな」
…冬の夜は早い。
気がつくと周囲は既に暗闇になっていた。
「どうしましょうか?」
栞がにっこりと微笑みながら聞いてくる。
この笑顔さえあれば俺は生きていける…そう思える笑顔だった。
…例え香里のおまけと言われようと…俺にとっては大切な人だ。
「そうだな…」
急激に下がる気温に体を震わせる。
「テントでもあれば明るくなるまで凌げるんだが…」
ただ立ってるだけでも体に雪が積もっていく。
「あ、私持ってますよ」
真面目な話、このままでは凍死しかねない……って、はい?

ごそごそ…。

…栞がいつもの仕草でスカートのポケットを探る。
「はい、テントです」
栞は両手に綺麗に畳まれたテントを乗せ、俺に差し出した。
「二人用だから狭いけどなんとか入れますね」
「…今それ………いっ、いや。なんでもない」
………ポケットから………出してたよなぁ?
「………」
栞の手に乗ったテントに、ちらっと目をやる。
…横幅は栞の身長よりある。
まあ、人が入るのだから当然と言えば当然だが……。
「………」
………きっ、気のせいだなっ!うんっ!!
「あ、ちゃんと二つありますよ」

ごそごそ…。

…そう言って再びポケットを探る栞。
「はい。これで四人でも大丈夫ですね」
「……………」
………俺は………見てない。
「でかしたわ、栞」
「栞ちゃん、いいお嫁さんになれるよ」
普通なのかっ?スカートのポケットからテントを取り出すのは普通の事なのかっ!?
「さあ、さっさっとテントを建てるわよっ」

仕切る香里。
微笑む栞。
寝る名雪。
働く俺。

「…ん。大体、いいようね」
「………」
結局、俺一人でテントを建てたような……?
「二人づつだから…あたしと栞。もう一つは名雪でいいわね」
「俺は外かぁっっ!!」
極めて人権を無視した意見をさらりと言い放つ香里。
「だって、みんな年頃の女の子なのよ?相沢君と二人っきりにする訳にいかないじゃない。だから…」
腕組みをして得意の見下す視線を俺に投げかけながら呟く。
「相沢君は外にいてね♪」
そして、にっこりと微笑む。
「死ぬわぁ!!」
そんな笑顔程度で納得出来るかっ!一瞬だけ、外にいてもいいかな、なんて思ってしまったけどっ!!
「うにゅぅ……私、祐一と一緒でも構わないよ……」
眠りかけた名雪が助け船を出す。っていうか、人として当然だよな。
「だっ、駄目ですっ!私が祐一さんと一緒になりますっ」
だが、慌てて栞が俺の腕を掴む。
栞……やきもちか?もてる男はつらいな。
「祐一さんは心の底から信用してますが、祐一さんだって男の人ですから、女の人と二人っきりになったら何をするか分りませんっ!名雪さんが危険ですっ!!」
………力いっぱい信用がないではないか。
「だからと言ってあなたをそんな危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」
……俺って……信用がないんだなぁ………。
「嫁入り前の大事な妹を傷物にする訳にはいかないのよ」
「…お姉ちゃん…」
栞が頬を染め嬉しそうに香里を見つめる。
まあ、姉としては当然の配慮だ。
「くー……でも一回も二回も一緒……」

「………」
「………」
「………」
………沈黙。

「ちょっと相沢君っ!今のはどういう意味なのっっ!!」
「まっ、待てっ!なんで俺に聞くっ!?」
香里が俺の胸に掴みかかてくる。
「身に覚えがあるんでしょうっ!!」
そして激しく体を揺さぶる。
「ないっ!!まったくないっ!!これっぽっちもないっっ!!」
……………ほんとはあるけど。
「うにゅぅ……でも栞ちゃんが遊びに来たときの晩ご飯はお赤飯だったよ……」

「………」
「………」
「………」
………再び沈黙。

「やっぱりそうなのねっ!!」
「うわああああぁぁぁっっ!!」
秋子さんっ!あのお赤飯はそういう意味だったんですかぁっ!?
「このケダモノっっ!!」
「ぐはああああぁぁぁーーーーーっっ!!」
………。
……。
…。



………結局。テントには俺と栞、香里と名雪というペアで入る事となった。
香里にはさんざんどつかれたけど。
「祐一さん。そろそろ寝ましょうか」
「……そうだな」
栞に顔を向け、返事をするとすぐ目の前に栞の顔があった。
テントの中は狭く、栞とは体が密着した状態だ。
「………」
「?どうしました、祐一さん」
「いっ、いや。なんでもない」
………これでは、その気がなくてもその気になってしまう。
栞に背を向けるよう体の位置を変え、目を閉じて背中に当たる二つのやわらかい感触に意識を集中する。
………。
……。
…二つのやわらかい感触?
それって、もしかして……?
「……………」
ぐはああああぁぁぁっっ!!
余計に意識してしまう!!
落ち着け、俺っ!!さっき香里に酷い目に遭わされたばかりではないかっ!!これでこのまま流されたら、一生香里に何を言われるかわからんっ!!
俺は決してケダモノなんかじゃないっ!!
「祐一さん…」
「っっ!?」
栞が俺の名を呼びながら背中から手を回してくる。
「……………」
………俺はケダモノでいいです。
「…栞…」
栞の想いに応える為、体を栞に向ける。
「すー………」
って、寝てるぅぅっっ!?
「……………」
この熱くたぎる俺の想い(一部)はどうすればいいんだ……?
………。
……。
…。



「おはようございます。祐一さん」
「………おはよう」
「どうしたんですか?あまり眠れませんでしたか?」
「ああ……」
…っていうか、寝てない。
結局、悶々としたまま朝を迎えてしまった…。
「あ、晴れてるみたいですよ。外に出て助けを呼びましょう」
「そうだな…」
俺達はテントから出て、朝日に照らされた旅館を眺めながら背伸びをした。
「………って、はい?」
…目の前に見覚えのある旅館が建っている。
俺達がとった宿だ。
「どうやら、ここは旅館の駐車場だったようですね」
「……………」





教訓。

雪山を舐めてはいけません。(爆)

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