姉妹の素描

 放課後。
 俺と香里以外、誰もいない教室。
 窓から差し込む午後の陽が暖かい。
 閉め忘れた窓から春の風が吹き込み、カーテンを優しく揺らす。
 その風に乗り、運動部員の声がかすかに聞こえている。
「…で、用事ってのはなんだ?」
「…相沢君、明日栞とデートするんでしょう?」
 なんで、知ってる?
 いや、姉妹だから当然なのか?
 兄弟のいない俺にはどうもそういった感覚がわからない。
「…栞の様子を見ていれば判るわよ」
 俺の表情を読み取り、香里が応えた。
「…そっか。別に構わないだろ? その、真剣に付き合ってるんだし…」
 …まさか。



  香里「明日のデートやめなさい」
  祐一「どういう意味だ?」
  香里「言葉通りの意味よ。あなたは栞にはふさわしくないわ」
  祐一「どうしてだ! 遊びなんかじゃない! 真剣なんだ!」
  香里「ふうん」
    香里は腕組みをして見下ろすような目つきで俺を見た。
  香里「もしもそれが本当なら、証拠を見せて」
  祐一「証拠?」
  香里「次の試験であたしの成績を抜く事。それだけでいいわ」
   そ、それだけって…。
  祐一「な…そんな事出来るわけ」
  香里「やりもしないで諦めるような根性なしに栞は任せられないわ」



 まさか、ね。
 幾らなんでも暴走し過ぎだよな。
「明日のデートやめなさい」
 何ぃ!?
 まさか、そうなのか!?
「どういう意味だ?」
 シミュレーション通りの答えを返してしまう俺。
 しまった。流れを変えなければ!
「言葉通りの意味よ」
 これまた予想通りの回答。
 これはまずい!
「ま、待ってくれ! 俺は栞の事、真剣に好きだし、栞だってきっと俺のこと、好きでいてくれていると思う!」
 驚いた表情の香里。
 構わず俺は続けた。
「でも、栞は優しい娘だから、もしも香里が反対したらきっと悩むし悲しむ。そして多分俺よりも姉である香里の事を取ると思う」
「…そうかしら?」
 どこか遠くを見るような表情の香里。
 …香里がどう考えているのかは判らないけど、きっと栞は香里を選ぶような気がする。
「俺はまだ学生だし、先の事は何も判らないけど、でも、出来ればずっと栞といたいんだ。だから別れろなんて言うのはやめてくれ!」
「……相沢君の気持は良く判ったわ…でも、あたしは別れろなんて言ってないわよ」
 ………。
 あれ?
「そ、それじゃ、なんで明日のデートをやめろと?」
「明日は雨だもの。公園でスケッチってわけには行かないでしょう?」
 なぜ、スケッチの事まで知ってるんだ?
「でも相沢君も良くモデルなんてやる気になったわね…あの娘、少しは絵、上達したの?」
「…まあ、少しは」
 香里は鞄を引き寄せ、中からバインダーを取り出した。
「これ、あの娘が昔描いた絵よ…」
 二人並んだ少女(だと思う)の絵。
 短い髪と長い髪。
 矢印で「わたし」、「おねえちゃん」と描いてあるけど…。
「こ、これは…」
 ………………ドラえもん?
 いや、足なんて丸いし…。
「凄いでしょう?」
 そう言った香里の表情は、見た事がないくらいに柔らかくて優しかった。
「…ノーコメントだ」
 なんで、栞の方はお腹に大きなポケットがついているのか気になるけど…多分、聞かない方が良いだろうな。
 ここでおかしな事を口走って栞に告げ口されると不味いし。
「…表情が全てを物語ってるわね」
 うっ…く!
「でも、良い絵だと思うぞ…だから香里も持ち歩いてるんだろ?」
「…そうかも知れないわね。はい、これ」
 バインダーに挟んであった封筒を差し出してくる香里。
「なんだ? ラブレターなら受け取れないぞ」
「ばかね」
 香里は封筒を開けて中から二枚の券を取り出した。
「駅前の映画館のチケットよ。懸賞で貰ったんだけど、私は要らないからあげるわ」
「え?」
「期限は今日までだから、栞と行って来たら? 明日、雨の中デートするよりはましでしょ?」
 それは、まあ。
「というわけで、栞は駅前で待ってるわ。早く行って上げてね」

  ***

 本当に世話がやけるわね。
 あたしは、昔、栞が描いた二人の絵を見て溜め息をついた。
 多分、今頼めばもっと上手に書いてくれると思うけど…。
「素朴で好きなのよね、これ」


↓「これ」

かっぺえちゃん画










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後書き?

このお話は、ラストを飾る1枚の絵を元に書いた物です。
絵を見た瞬間、コレは!と思い、即興で書きあげました。
見てから書き上げるまで30分位かな? 爽やか以外では最短記録かもしれません(笑)

でも、本当に素朴で好きなんですよね、これ(笑)

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