80km/hの気持ち


匿名希望さん 作


 第一印象は多分、ちょっととっつき難い人、だったと思う。
 顔立ちは悪くないのに、無愛想。
 でも、いつからだろう。
 笑顔が増えた。
 表情が、相変わらず基本的には無愛想なんだけど、少しずつ柔らかくなっていった。
 少し、違うかな。
 もともと優しい人で、今までは判り難かっただけなんだけど、最近は近寄り難かった空気が和らいで優しさが見えやすくなった。
 だから今まではカッコイイといいながらも近寄りがたい雰囲気に阻まれるように声をかけることをためらっていた女の子たちに、彼は急にもてるようになった。
 なんだか少し腹立たしい。
 今まで彼の表面だけにとらわれて近づきもせず、笑顔を浮かべるようになったとたんに近づいてきて、その理由も知らないで浮ついた感情を寄せる人たちと。
 そんなことに気づいてしまう自分が。

「だから、悪いけど」
「え〜、い〜じゃん!行こうよぉ!」
 断りの言葉を最後まで聞こうともせず強引に誘いをかけている女の子たちに囲まれて、恭也が困惑しているのがわかった。
 はっきり言えばいいのに。
 自分には付き合ってる人がいて、その人のこと以外は考えられないし、ましてやそういうお誘いにはのるつもりはまったく無いんだって。
 …遠慮してるんだよね、フィアッセさんに。
 年上で、世界的に有名な歌姫でもある彼女に、自分のような年下でしかも学生の恋人がいるってことがわかると何かと迷惑がかかるんじゃないかって。
 朴念仁だと揶揄される彼だけれど、それは恋愛のことに限ってであって、それ以外の部分ではとてもよく気がついて、それ故とても気を使う人なんだ。
 それがわかる自分が誇らしくて…ちょっとだけ切ない。

「恭也!急がないと遅れるよ!!」
「月村」
 どうあっても放してくれない女の子たちに囲まれて困惑しきっていた恭也の表情がほっとしたように笑顔になる。
「ちょっと!」
 文句を言いかけた女の子たちに、私と恭也は特別に親しいのだと聞こえるようわざと名前を呼び捨てにして、もう一度恭也に話しかける。
「恭也、ほんとに時間無いんだからさっさと行こう」
 おまけに腕をとったりなんかもして。
 止めとばかりに、かなり冷たい声と表情で女の子たちに付け加えるのも忘れずに。
「彼は先約があるの。あなたたちと遊ぶより、ずっと、大切な約束がね」
 あまり認めたくは無いけど、この顔もそれなりに役に立つんだよね、こういう時には。
 つんとお高くとまった美人(美人ってとこがポイントね)、なんて高校時代に散々言われてただけあって、こういう風にいうと誰も二の句が告げなくなるみたい。
 案の定、絶句してる彼女たちをしり目に、私と恭也はそれ以上絡まれることなく無事に人ごみを抜け出した。
 明日から、またろくでもない噂が女の子たちの間に流れるのは間違いないだろうけど。

「だからねー、高町君もいけないんだよ、はっきり言わないから」
「いや、一応断っていたつもりだったんだが」
 あの後、大学の裏手にある駐車場まで腕を引っ張って行って、駐車してあった私の車に乗り込むと、やっとツンと澄ました美人の仮面を外し素に戻って、親友として彼に注意した。
 その間も忙しくハンドルをきる。
 今は一般道を通り高速道路に向かう途中。
 飛行機の到着予想時間までは…結構ぎりぎり。さっきのトラブルが少しひびいてる。
 今日は、忙しいスケジュールの合間を縫ってSEENAことゆうひさんと、その親友であり恭也のとても大切な人であるフィアッセさんが久しぶりの休暇でこの海鳴に帰ってくる日。
 だから恭也と共に私、月村忍が二人を迎えに行こうと、彼を乗せて空港に向かっているという訳。
 最初、ノエルに二人を迎えに行ってもらおうかなって思ってたんだけど、私はゆうひさんに、そして恭也はフィアッセさんに少しでも早く会いたかったからこの組み合わせで空港に車をとばすことになったのだった。
 もちろん恭也がそう言った訳じゃないけど、なんとなくそんな顔をしてたから私から、
「ね、私と高町君で大学の講義終わったら二人を迎えに行こうよ!」
 って言い出したんだ。
 
 しばらく忙しく動く私の手元を見ていた恭也が、高速道路に入ってハンドル操作が少し落ち着いたのを確認するように見てからぼそりとつぶやく。
「なあ、月村」
「ん、何?」
「さっきの、ああいう言い方。ありがたいんだが、あまりああいった態度をとっていると誤解されるぞ」
 誤解?私が余り興味のない人に対してはどちらかといえば愛想がないのは、誤解も何も事実だし。
 私がそう言うと、恭也はちょっと口元を苦笑の形にゆがめて。
「いや、それも確かに言いたかったことだが。何せ、気に入った人間に関して言えばお前はどちらかといえば、とことんかまいたがる方だしな。友達になる前に誤解されてしまうのは選択肢の幅を狭めているだろう」
「友達ならもう十分いるし、取り立ててこれ以上つくろうとは思わないけど」
「俺が言えた義理ではないけど、それはそれで問題だな」
 浮かべた苦笑が深くなる。彼も自分が余り愛想のいいほうではないことを自覚しているらしい。
「そうじゃなくて。俺にああいった態度をとると恋人だと誤解されるぞと言いたかったんだが」
 どうやら、この朴念仁は私に密かに想いをよせてくれる素晴らしい男性が、先約ありと誤解して近づいてこなくなるということを心配してくれているらしい。
 まったくの的外れ。そんな彼の優しさは分かっていても切なさを呼び寄せる。

 ゴカイサレテモ、イイヨ…

 でも、だからこそ。
 いたずらっぽく笑って。軽く聞こえる様に明るい声で。
「高町君てばさ、心配性のお父さんみたいだね〜。でも心配御無用!結構もてるんだよ、忍ちゃんは。選り取り見取りで誰にしようか迷っちゃうぐらいなんだからね」
 それは本当で、嘘。
 いくらもてても意味がないよ。たった一人の人に通じなくっちゃ。
「そうか。余計なお世話だったか。それならいいんだ」
「余計なお世話ってことじゃないけど、心配いらないよ。ちゃんと考えてるから。ね、それよりさ、もうすぐ愛しのフィアッセさんに逢える今の高町君の心境はどう?」
 そうからかう様な声色でたずねると、ついと視線を窓にそらせてしまう。
「顔。赤いよ、高町君」
「……」
 さらにからかっておいて、時々鋭いこの朴念仁に嘘を気づかれないよう運転に集中する。
 そんな私をちらりと見て取ると、彼も自分の思考に没頭し始めた。多分、フィアッセさんの、こと。
 窓の外の景色は、いつの間にか夕暮れから夜に変わっていた。

 嫌いになれたら…よかったのかもしれない。恭也も、フィアッセさんも。
 でも。
 嫌いになんてなれるはずもない。恭也とフィアッセさんだから。二人だから。

 彼を乗せて高速道路を時速80kmで駆けていく車はどこまで行っても…何処へも行けない。
 彼が選んだたった一人の人の元以外は。


<後書き…?>

 今度こそは幸せな雰囲気のSSを書こう、とは思っていたのですが、おりてきたSSの神様が置いていってくれたのは、忍メインの片想いのSS。
 ああ、忍も好きなんですぅぅって、これ、前も書いたっけ(汗)
 あんまり忍らしく見えないかもしれませんが、私匿名希望のイメージする忍ですのでどうぞお許しください(滝汗)

 え〜、例によってこの作品のイメージソングは『80km/hの気持ち』(槇原敬之・アルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』より)です。
 歌を聴いているうちに、車を運転しながら切なさをもてあますように笑う忍が浮かんできてこんなSSができました。
 こんなSSですが、呆れずに最後まで読んでいただけたら幸いです。
 
 
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