Birthday


匿名希望さん 作





 あなたを想う時
 いつも笑顔でいられるとは限らない

 大切な日だからこそ
 不意に込み上げてくるものがある


「恭也、それはこっちにおいてね」
「わかった」
「フィアッセ、これは?」
「えっとね〜、あ、そっちに運んでくれる?」
「ええい、どけ、カメ!」
「おさるこそ、そこにおったら邪魔や!」
 いつも賑やかな高町家のリビングではあるが、今日はさらに賑やかさの度合いを増している。
 それもそのはず。
 今日、3月15日は高町家の末っ子、高町なのはの誕生日なのだ。
 家族を大切にする高町家にとって、それはもう、大切な大切な行事なのであるからして騒ぐなと言うほうが無理であるからして。
 ざわめきが飽和状態になり、興奮が渦を巻き上げて。
 あげく。
「ああっ!それは俺が飾り付けに使おうと思ってたやつじゃないか!」
「ほっほ〜。おさるのセンスに任せとったら、どうなることやら。ここは、センスのええうちに任せといてもらおうか」
「なんだと、てめぇ!」
「なんや、やるっちゅうんか?」
 バトルが開始される。
 そんな小競り合いがあまりに頻繁におきる為、ついに。
「もう、晶もレンもいい加減にしないと、なのはが帰ってきちゃうよ」
 二人のそれはじゃれあいと認識している為、普段はめったに口をはさんだりしないフィアッセにまでいさめられる始末である。

 なにはともあれ。
 何とか本日の主役が帰ってくる夕方までに準備も整って。
 忍、ノエル、那美、久遠といった、お客さんというより最近はほとんど高町家の家族といっても差し支えない面々もそろって。

「じゃ〜ん!桃子さん特製バースディケーキの登場〜。あ、恭也、電気消してちょうだい」
「ああ」
 桃子の指示にしたがって、立ち上がった恭也がリビングの明かりをおとすと。
 ロウソクにともされた揺らめく炎が、色とりどりのフルーツが飾られた大きめのバースディケーキと、集まったみんなの顔を幻想的に照らし出す。
「誕生日、おめでとう!」
 声をそろえる家族に囲まれ、
「ありがとうございます」
 心もち、照れた笑顔でお礼を言うなのは。
 そんなやり取りで、なのはの誕生パーティーが始まった。

「お飲み物は、ジュースと珈琲と紅茶でよろしかったでしょうか?」
 みんなに飲み物を配るノエルがいて。
「ね、なのは、遊園地楽しかった?」
「はい、フィアッセさん。おかーさんと、いろんな乗り物に乗りました」
「遊園地なんて久しぶりだし、たっぷりなのはと遊んじゃったわよ〜」
「うん、すっごく楽しかったね、おかーさん」
「ホント。こ〜んな素敵な休日は久しぶり。松っちゃんに感謝だわ〜」
 人の良い笑顔を浮かべて
「ホワイトディも無事に済んだ事ですし、お店の方は私とバイトさんで何とかなりますから、明日はゆっくり家族ですごして下さい」
 と言ってくれた松尾にめいっぱい感謝する桃子であった。
 そんな微笑ましくもあたたかいやり取りがあったりしたかと思えば。
 飾り付けのときに引き続いて、料理を出す時にも恒例と言うかそれ無しに済まないとばかりに。
「うちの料理の方が、おいしいに決まっとるやろ。な〜、なのちゃん」
「なんだとー!俺の料理の方が美味いに決まってるじゃねぇか。さあ、なのちゃん、遠慮しないでこのミドリガメにはっきり言ってやってくれ」
「アホやアホやと思っとたけど、あんた、ほんっまにアホやな。こんなはっきりした現実さえわからんとは、なんやもう哀れで泣けてくるわ」
「てめぇ、マジで泣かせてやる!」
 互いの料理こそが一番なのはが喜ぶとゆずらず、危うくバトルになりかけて。
 結局二人一緒に。
「い〜加減にしなさ〜い!!」
 と、なのはに叱られたりしていた。
 もちろん、なのはも二人が自分の為を思って作ってくれたのはわかっているから、いつもより短めのお説教ですませて。
「なのはの為に二人が一生懸命つくってくれて本当に嬉しいです。だから、どっちも一番です」
 と付け加えることも忘れない。
 その一言で、二人の苦労も報われて、和やかなお食事タイムが再開されるのだった。
 
 さて、ひととおり談笑した後は、なのはのためにと各々が選んだプレゼントを手渡すこととなった。
「俺と美由希と晶とレンは、共同でこれを購入してみた」
 そう言いながら、恭也がなのはに手渡したのは少し大きな包みで。
「ありがとう、おにーちゃん、おねーちゃん、晶ちゃん、レンちゃん」
 お礼を言いながら包みを開ける。
 箱の中身は彼女が以前から欲しがっていた、最新式のデジタルビデオカメラであった。
「わぁ!」
 歓声を上げながらも、お世辞にもこういうAV機器に強くないはずの兄達がどうやって、これを購入したのか少し疑問に思うなのは。
「お兄ちゃんたちが、これを選んだの?」
「いや、その」
 少し決まり悪げな恭也。
「選ぼうとお店に入ったんだけどね」
 苦笑しながら美由希が言う。
「何か凄く種類があるし、お店の人の話を聞いてても、さっぱりわからないし」
 晶も頭をかきながら言葉を続ける。
「なんやもう、途方にくれてたら」
 レンがそう言うと。
「メカならお任せ、の忍ちゃんが救世主の如く登場!」
 得意げに笑顔を見せる忍。
「うろうろしていた高町君たちの代わりに、なのはちゃんが喜んでくれそうな機種を選んだってわけなのよ」
 何だか、お店の中であっちこっちとうろうろしている兄達、そんな一行の前に効果音つきで登場している忍といつものように静かに微笑みながら後ろに控えているノエルの様子が目に見えるようで、少し笑ってしまうなのはであった。
 でも、そんな苦労をしてまでも自分の喜ぶものをプレゼントしてくれた兄達の気持ちが嬉しくて、ぎゅっとプレゼントを抱きしめる。
「よかったね、なのは」
「はい、フィアッセさん!」
 優しく微笑むフィアッセに、嬉しさいっぱいの笑顔を返す。
「じゃあ、私からはこれを」
 フィアッセから、微笑とともに手渡されるプレゼント。
「ありがとうございます」
 包みを開けると中から出てきたのは、透明なビーズと明るい水色のビーズが組み合わさっているチェーンにガラス製のシャチが付いたネックレスだった。
「わ、かわいいです〜」
 さっそくつけてみる。
「うん、よく似合ってるよ」
 とフィアッセが言うと。
「こういうのが似合うってことはなのはちゃんも、もう立派なレディだね」
 忍も笑顔で誉める。
 はややとばかりに照れまくるなのは。
「私とノエルからはね〜、これ!」
 忍が勢いよく取り出したのは、小さな四角い包み。
「ありがとうございます。あの、開けてもいいですか?」
「もちろん!」
「あ、これ!」
「そう、なのはちゃんが欲しがってたあのソフトの限定版だよ」
 発売と同時に売り切れた超人気ゲームソフト、しかもさらに品薄だった筈の限定版。
 ずいぶんいろんなお店を探したけれど見つからなかったのにと、たずねると。
「さくらの知人にTV局に勤めている人がいてね。その人がたまたまそのソフトのキャンペーンのお仕事やっててさ。で、ゆずってもらったんだ」
「そんな貴重なものをいいんですか?」
「うん、その人ゲームはあまりしない人だってさくら言ってたし。それよりさ、それ終わったら貸してね?」
 ちゃっかり貸出予約をする忍であった。
「あの〜、私からはこれを」
 おずおずと小さな包みをカバンから取り出した那美が。
「なのは〜、これ、あげる〜」
 にこにこしながら久遠が、それぞれなのはにプレゼントを渡す。
 那美のプレゼントは、小さな陶器製の熊がついたオルゴールだった。
「ありがとうございます、那美さん」
「いえいえ〜」
 にっこりと笑いあうなのはと那美。
 一方久遠のプレゼントは。  
「がんばって〜、山であつめた〜」
 綺麗な石と木の実。山を駆け回りながら一生懸命集めている久遠の姿が見えるようで。
「ありがとう、くーちゃん。すっごく嬉しいよ」
「くぅん」
「おかーさんには、遊園地でぬいぐるみを買ってもらったし」
「ぷれぜんと、たくさん」
「うん、そうだね、くーちゃん。えっと、皆さん、本当にありがとうございます」
 礼儀正しく、もう一度みんなにお礼を言うなのは。
 そんななのはに
「い〜子に育ってくれて、かーさん、ほんっと、嬉しいわ〜」
 桃子は目を細める。


「ん〜、おいし〜。やっぱり、晶もレンちゃんも料理上手だよね〜」
「へへ、ありがとうございます」
「お〜きにです〜」
 おしゃべりに。
「いっちば〜ん、桃子さん歌いま〜す!!」
「おか〜さん、がんばれ〜!」
「ありがとう〜。後でデュエットしようね〜」
 恒例のカラオケに。
「フィアッセ、あまり飲みすぎると明日が辛いぞ」
「ふふ、心配してくれるんだ、恭也。優しいね〜」
「……」
 大人はお酒も少々。

 楽しい時間はあっという間で。
 ソファーでうたた寝を始めた久遠と本日の主役たるなのはの姿を見て、パーティはお開きとなった。

「おやすみ、なのは」
 愛娘をそっとベッドに横たえて部屋を出る桃子。
 賑やかで楽しすぎる宴が終わると、静まりかえった深夜のリビングは何だかいつもより広く感じる。
 ひとり片手にワインの入ったグラスを持って、写真立ての中で笑う最愛の人にそっと心の中で話し掛ける。

 生まれも育ちも違っている。
 だけど、みんな大事な家族。
 誕生日は、それを再認識させてくれる、とても大切な日。

 だけど。
 大切な日だからこそ
 不意に込み上げてくるものがある

 あの日

 生まれようとする命
 絶え間なくおとずれる激痛の中
 大丈夫だと握ってくれる 大きな掌が力強い声が欲しかった
 額の汗をぬぐってくれる あたたかな優しい手が欲しかった
 どうしようもなく 欲しかった

 生まれてきた命
 大きな事を成し遂げた安堵の中
 私と新しい命に笑いかける 笑顔だけが欲しかった
 抱き上げた命のその重さを ただ感じて欲しかった
 どうしようもなく 欲しかった

 もう決して 手に入らないとわかっていても
 ただ どうしようもなく 欲しかった

 あの時の想いが 鈍い痛みをともなって
 そっと 込み上げてくるから

 あなたを想う時は
 いつも笑顔でいたいけれど
 なのはが生まれた 
 この大切な日だからこそ

 明日からの笑顔の為に

 少しだけ
 あなたを想って 泣かせて下さい




 <後書き…?>
 
 えっと、なのはの誕生日SSと見せかけて、実は、桃子さんメインのSSだったりします。
 …メインになってますよね?ね?

 いつも笑顔で明るくて、ハイテンションな高町家のお母さんたる桃子さんですが、こんな風に少しだけ愛する人を思って涙する日もあるのではないかと思ったことから、このSSができました。

 悲しみは、多分、本当に何気ない、ふっとした瞬間によみがえるものだと思います。
 そして、人にはそうした瞬間が必要だとも思います。
 …次の日に笑うためにも。
 
 こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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