Bitter Bitter


匿名希望さん 作



「どうして買っちゃったかな、コレ」
 すっかり日の暮れた海鳴臨海公園。
 暑い季節なら涼を求め、まだまだたくさんの人が散策を楽しんでいる時間だが、2月ともなれば人影もない。
 そんな場所で、リスティはひとりコートのポケットに両手を入れてぼんやりと海を見ていた。
 普段彼女がよく浮かべている表情、そう例えば、人をからかう時に浮かべるいたずらっ子のような笑顔、或いは仕事の時に浮かべる冷然とした厳しさでもなく、そこにあったのは迷い子のような…どこか寂しさにさえ似た憂いの表情。
 コートのポケットの中には小さな包み。
 それは渡せなかった、想いのカケラ…

「みんな〜、今日は本当にありがとう〜!」
 いつもより早い時間に、バレンタインのチョコを含め店内の主だった洋菓子を売り切った翠屋では、打ち上げパーティーを行っていた。
 パーティーの顔ぶれは、店長の桃子に、松尾、フィアッセに恭也、美由希、なのはに、臨時アルバイトとして借り出された那美、忍、ノエル、晶、レン、たまたま翠屋に立ち寄ったフィリスに、何故かちゃっかり混ざっているリスティ。
 程好くくだけた雰囲気で、飲んだり食べたりしながら、今日の翠屋の混雑ぶりがいかに凄まじかったかについて、それぞれが喋っている中。
「そうそう、忘れるところだったわ。はい、これ、かーさんから」
 そう言って、桃子が恭也にチョコレートを渡す。
「…甘いものはあまり得意ではないのだが」
 少し渋面になる恭也だが、だからといってつき返すわけもなく受け取る。
 それを見ていた他の女性達が黙っているはずもなく。
「じゃあ、これはなのはから」
「師匠、これ、どうぞ!」
「お師匠〜、これは、あんまり甘くしてませんから〜」
 なのは、晶、レンが渡すと。
「あ、あの、どうぞ、高町先輩」
「じゃあ、これは私からね」
「私も、いつもお世話になっておりますので」
 先を争うように那美、忍、ノエルも続けて恭也にチョコを渡す。
「ありがとうございます」
 少し恐縮しながら、受け取る恭也。
「もてもてですね、恭也くん」
 その様子をくすくす笑いながら見ているフィリス。
「からかわないで下さい、フィリス先生」
「ごめんなさい。じゃあ、これは私から。ホワイトデーのお返しは結構ですから、もう少し頻繁に診察に来て下さいね」
「…善処します」
「えっと、恭ちゃん、これは私からなんだけど」
 おずおずと美由希が差し出したチョコを、少し訝しげに眺めつつ。
「翠屋のではないようだが、まさか手作りか?」
 昨年のチョコは、美由希の手作りだったのだが、それを食べて1週間ほど胃腸の調子が悪くなったことを思い出して訊ねる恭也。
「心配しなくても、ちゃんと買ったものだよ」
 少し傷ついた表情で答える美由希。
「そうか、ありがとう」
「ひどいよ、恭ちゃん…手作りだったら受け取らない気だったんだね」
 小さな声でいじける美由希だった。
「私からも、これを」
 松尾もチョコを渡されて。
「ありがとうございます」
 礼を言って受け取る。
 その様子を微笑みながら見ていたフィアッセが。
「たくさんもらったね〜、恭也。もう私からのはいらない?」
 少しだけからかうような表情を浮かべて恭也に言うと。
「いらないなんて言ってないだろう」
 憮然としたような、けれど見る人が見ればそうとわかる、そうフィアッセから見ればはっきりとわかる、少しあせった時に浮かべる表情でぼそりと呟く。
「ごめんね、ちょっと意地悪だったよね。はい、これ。愛を込めて、恭也に」
「…ありがとう」
 短い礼の言葉。
 そんなそっけなさの中に、嬉しさが見え隠れしている。
 確かに、そこには2人だけの何かがあって。

 それを見たら。
 見てしまったから。
 冗談でも、気軽に渡せなかった…

 だから気付いてしまった。
 冗談なんかじゃなかったんだって。

 きっかけは多分、幾つもあった。

 一緒に仕事をしたとき。
 仕事の後の一杯に、なかば強引に付き合わせたとき。
 フィリスの所でからかったとき。

 そんな日々が。
 恭也と共にいる時間が。
 いつの間にか。
 そう、いつも間にか。
 とても…大切な時間になっていた。

「Sorry。用を思い出した、帰るよ」
 そんな風に告げて、あたたかな雰囲気をもった二人の前を、そっと逃げ出すのが精一杯だった。

「自分でも気付かないで本気になってたんだ。らしくないよ…ホント、らしくない。こんな風に思うのも、こんなことしてるのも」
 意を決したように、ポケットの中から小さな包みをつかみ出し、そのまま闇色の海へ投げようとして。
「食べ物を粗末にするような子に、育てた覚えはないんだけどなぁ」
 その手をつかまれた。
「耕介。何でここにいるのさ」
「愛する娘の、悲しみの声を聞いたからだよ」
「…嘘だね」
「まあ、本当のところは、しょぼくれて歩いてるのを商店街で見かけたからさ、ちょっと気になってね」
「そう…」
 そのまま黙りこくって、しばらく海を眺めている二人。
「なあ、リスティ。それ、捨てるぐらいなら俺にくれないか?」
「…いいけど、何で?」
「そりゃあ、初めてのバレンタインチョコは父親にあげるもんだって、世間じゃそういうふうに相場が決まってるからだよ」
「…なんか嘘っぽいな。まあいいか。あげるよ、そんなのでよかったら」
「サンキューな」
 リスティから包みを受け取り、その場で包装を取って中身のチョコを口に放り込む耕介。
「ん…ちょっとほろ苦いけどいいチョコだ」
「うん…」
「なあ、リスティ」
「何、耕介?」
「来年は、ちゃんと渡せるといいな」
「うん…」
 しばらく、俯いていたリスティだが。
「やっぱり僕も食べる」
 そういって、耕介に手を出す。
「ほい、あとこれだけだけど」
「Thanks」
 耕介から残りを受け取ると、二粒ほど残ったチョコをぽいっと口に放り込む。
「…苦いなぁ…ちょっと苦すぎだよ…このチョコは…」

 告げられないまま終わった想いは。
 
 Bitter Bitter Valentine



 <後書き…?>

 世間じゃバレンタインも終わったというのに、何をとち狂ったかこんなネタが唐突に浮かんでしまいました。
 渡せなかったチョコだから、遅れて掲載していただくのもありかな…ってダメですか?
 胃腸風邪ひいて寝込んでたばかりに、思いついたのはバレンタイン直前だったにもかかわらず、書くのが間に合わなかったというのが真相だったり(爆)

 まあ、甘いばかりがバレンタインじゃないということで。
 あと、補足になりますが、これは拙作「Sweet Sweet」の続きではなく、まったく別物でございます。
 この物語でも、なんとなく恭也とフィアッセがいい感じではありますが、こちらには私のオリキャラであります愁はおりませんし、耕介は愛さんとくっついておりまして、それ故、耕介がリスティを娘と称しておる次第です。

 こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


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