匿名希望さん 作
「と言う訳で、その木刀を取るように」
「え〜と。さも当然のように、木刀で人の喉元指し示しながら言わないでもらえると、たいへんありがたいのですが」
翠屋でアルバイトをしていた、今時珍しいほど人のよい青年、風間愁(かざま しゅう)が、美由希に一目ぼれしたのが二年前。
なんだかんだ、すったもんだの末に、やっとの思いで告白したのが一年前。
それから一年近い交際の後に、この度めでたくプロポーズを受けた美由希。
で、当然次がある訳で。
愁がその目的の為に高町家を訪れたのが、3月のよく晴れたとある日曜日の午後の。
つまるところ大安吉日の今日。
いわゆるよくあるこのセリフ。
「お嬢さんを僕に下さい!」
と、のたまってからわずか1分43秒後、冒頭の状況が発生したのであった。
「だから、どうしてこうなるのよ、恭ちゃん」
「ふむ。今のこの状況の、何処に疑問があると言うのだ?」
「真顔で切り返さないで。と言うか、その木刀を下げてっ」
まだ木刀を突きつけたままの恭也に、納得のいかない美由希がかみつく。
「う〜ん、師匠だからなぁ」
「おサルと同じ意見とゆ〜のは、ちょう納得いかんけど、ま、お師匠ですし〜」
等と、高町家の武闘派二人組こと、晶とレンはあっさり言ってのけた。
「そこっ!納得しない!!」
「そうです。ケンカはいけません」
高町家きっての常識人、なのはが反論する。
「まあまあ美由希、なのは。恭也としては、大事な妹を任せられる相手かどうか、確かめたい。で、手っ取り早く木刀を取った。そういうことでしょ?」
心情としては間違っていないけど、ちょっと方法が問題よね〜と内心で汗しつつ、宥めにかかる桃子。
「概ね間違ってはいないが、その表現はいささか不適切だ」
「や〜ね〜、照れることないじゃないっ」
「恭也は照れ屋さんだね〜」
桃子、フィアッセの年長者二人にかかっては、恭也も形無しである。
何となくほのぼの…
「だから、どうでも良いけど、その木刀をおさめてってば!!」
してなかった。
放っておくと、果てしなく脱線しそうな気配に、美由希が怒鳴り散らす。
その額に、ちょっぴり浮いてる青筋が、いっそラブリーであったりなかったり。
「あの〜、僕はいったいどうすれば」
プロポーズ、という人生で多分1、2を争う一大イベントの主役の片方を担うはずの愁は、何となく忘れられていた。
「む。だから、木刀を」
「恭ちゃん!!」
「はいはい、それ位にしてね、二人とも。愁君、ふつつかな娘ですがよろしくね」
「え…えっと、はい、こちらこそよろしくお願いします」
世間一般からみれば、物騒とも言えるやりとりがあったものの、このぐらいは日常茶飯事な高町家。
実にあっさりすっぱり、先ほどの出来事をなかったことにして、婚約成立と相成った。
というか。
放っておくと『弟子対師匠、御神の技と魂の全てをかけた死闘』にまで発展しちゃいそうだったから、であったりする。
…美由希、龍鱗ぬきかけてたし。
「なんか、適当にすまされたような気がするけど」
「や〜ね〜、美由希。ちゃんと考えてOKしたわよっ」
無論、桃子とて無造作にOKした訳ではない。
付き合うまでと付き合ってからの時間と態度。
加えて翠屋での勤務態度等。
それら全てによって培われた信頼関係。
わずか数分間で、これらのことを熟慮して、応の返答を返したのである。
な〜んか嘘っぽいけど。
約2週間後。
「お帰り、母さん。あ、それから、言うの忘れてたけど、私結婚するから」
普段から物静か、つまり居ても気配を感じない上に、香港にて戦闘(おしごと)中で不在であったことも手伝って。
きっぱりその存在を忘れられていた美沙斗が、人知れず拗ねた事はこの際、些細なことであろう。
「わ、忘れてたって…美由希、実の母に対してそれはないんじゃないのかい」
後日、御神本家の墓前に婚約の報告をするべく訪れた美由希と愁が。
「静馬さん、美由希が私をないがしろにするんです…」
墓石の前でさめざめと泣く美沙斗の姿を目撃し、さすがに心を痛めたのも、これまた些細な出来事であろう。
…多分。
さてさて。
光陰飛針の、じゃなく矢の如く。
あっという間に6月吉日の結婚式当日となった。
もちろん、すんなり月日が流れたわけではなく。
一度、危機的状況が発生。
「ね、美由希、披露宴では歌を贈るよ」
とフィアッセが言い出したから、さあ大変。
「それは嬉しいけど」
「あ、そうだ、アイリーンやゆうひも呼んじゃおうか。ん〜、スクールの皆も呼んで、皆で歌を歌うのもいいよね」
「え、ちょ、ちょっとフィアッセ!?」
「あの〜、それだと、大きなホールか何かを借りきって、TV中継で全世界放送などという事になりませんか?」
善意からの発言だけに、拒みきれない美由希をみかねた常識人なのはの一言で、かろうじて回避。
綺羅星の如き歌姫達が一堂に会したら、それはそれは豪華な結婚披露宴になるだろうけれど、主役が誰なのやら。
完全に美由希たちがかすんでしまう事、間違い無しである。
「あ、あははは…あのさ、ありがたいけど、それはフィアッセ自身の結婚式にとっておいて」
「も、もう、美由希ったら!」
ちらりと。
庭先にて、盆栽の手入れをしている、枯れかけた、もとい寡黙にして超がつくほど朴念仁の兄の顔を見て。
「先は長そうだけど」
ぼそっと呟く。
「み、美由希〜」
フィアッセ、ちょっと涙目。
結局。
「僕たちの始まりの場所ですから」
という愁の言葉により、翠屋を貸り切っての内輪でのささやかな披露宴パーティーとなった。
それでも、ゲストに赤星、忍とノエル、アイリーン、ゆうひ、それにさざなみ寮のメンバーと、どう転んでも賑やかになりそうな、ささやか、とは言いがたい状況ではあったが。
そして、今。
人生で最も輝く瞬間が始まる。
「新郎、新婦のご入場です〜。皆さ〜ん、拍手をお願いします〜」
親友の那美のナレーションが、今日の主役達を促すと。
なのはのビデオカメラが回り出し。
フィアッセとアイリーンとゆうひの歌う賛美歌がながれ。
忍が操作するスポットライトを受けて。
タキシード姿の愁と、真っ白なウエディングドレスに身を包んだ美由希が、ゆっくりと皆の前に姿をあらわす。
「綺麗だよ、美由希」
静かに呟く美沙斗。
「美由希ぃ、本当に綺麗…よっ…」
いつも賑やかな桃子が、それ以上言葉を続けられず涙して。
「ありがとう、母さん、か〜さん」
「必ず、幸せにします」
美由希と愁の言葉に、ただ黙って頭を下げる2人の母。
「くっ。泣けるよな〜、オレ、こういうシーン、ダメなんだよ」
「ほ〜、おサルにも涙腺ついてたんかいな」
「う、うるさい!そんなこと言いながら、お前だって泣いてるじゃないかっ!」
「うちのは涙とちがう!これは、そう、汗や。心の汗や!」
「お前は、目から汗を流すのかよ!さすが、カメはちがうな!」
意地っ張り二人組み。
しっかり泣きながらも、口ゲンカをやめないのは、いっそ立派かもしれない。
「ね、師匠もそう思うでしょうって、うわっ!」
「この感動的なシーンで、な〜に奇声あげてんのや、おサルうはぁ!!」
晶とレンが見たもの。
それは…
「美由希、立派だぞ…」
等と声だけは冷静ながら、滝のように涙を流す恭也の姿であった。
というか、無表情に目の幅涙、というのはかなり怖い。
「何と言うかさ、ノエル。これって、デ・ジャ・ビュ?」
そんな恭也に、生暖かい視線を送りつつ、ぼそりとつぶやく忍。
「そうですね。以前、映画にご一緒した時にも、お一人で静かに泣いておられました」
言葉足らずな主の会話に、適切な表現をつけたすノエル。
メイドの鏡である。
「静かにね〜。今日のは、ちょ〜っと違う気もするけど」
呆れたよ〜な、くたびれたよ〜な声でつっこんでみる。
その声に、やっと我に返る恭也。
「師匠、大丈夫ですか?」
「タオル、使います〜?」
「ああ、すまん、晶、レン。美由希の幼い頃を思い出してしまってな。父さんが留守の時に、高熱を出した美由希を寝ないで必死で看病していたら、自分も苦しいだろうに、『ごめんね、眠いのにごめんね』とうわごとで呟く姿や、傷だらけになりながらも懸命に剣を振るう姿や…くっ」
言っているうちにまた、感極まってきたのか、目の幅涙を流し始める。
そのセリフは感動的なのだが、ビジュアル的には、ちょっと…アレだ。
そんな周りの引き気味の視線をよそに、元国民的アイドル歌手の持ち歌で秋の桜をテーマにした曲をBGMに、恭也の脳裏には幼い美由希の想い出が、ぐ〜るぐると回っていたのであった。
…夏なのに。
「でもさ〜、高町君も大変だよね」
気を取り直して、忍が恭也に話し掛ける。
「何がだ?」
想い出脳内リフレインのピークが過ぎたのか、いつもの調子で返事をする恭也。
くすくすっと、笑って忍が話を続けた。
「だってさ、こんな思いをあと何回もしなくちゃならないんだからさ」
「む。言われてみれば…」
片方とはいえ血のつながった実の妹で、周りから見ればベタ甘にかわいがっている、なのは。
血はつながっていないものの、かわいい妹分の、レン。
同じく、血はつながっていないものの、かわいい弟、じゃなくて妹分の晶。
「ふむ。後3回もこんな思いをするのか…」
恭也、ちょっとため息。
「…?」
なにやら、指折り数えている忍。
「あのさ、高町君。3人じゃなくて、4人じゃないの?」
「ん?なのは、レン、晶の3人だろう?」
「…フィアッセさんは?」
舞台で祝福の歌を歌っている歌姫を指差し、忍は問い掛けた。
「考えてなかった」
本気でそう答える恭也に、本日二度目の生暖かい視線を送って。
「年齢的には、一番に思いつくと思うんだけど」
と、何度目になるかわからないつっこみを入れる。
「フィアッセが嫁にいく姿が思い浮かばなかった」
どうやら、本当に本気で考えていなかったらしい。
「何だかな〜」
「何故そこで呆れる、月村」
「あ〜も〜、いいよ〜、勝手にしてって感じだよ」
「そうですね」
「ですね」
「そ〜ですな〜」
ジト目の忍に、表面上はあまり変わらないながら、かすかに呆れてる雰囲気のノエル、苦笑するしかない晶に、トホホな表情のレン。
「???」
まったくもって理解できん、といった表情の恭也。
そんな彼のもとに、歌い終わったフィアッセが駆け寄ってくる。
恭也の為だけの、輝く笑顔を浮かべて。
で、ちょっと離れて、ひそひそ密談4人組。
「なんだかね〜、あの笑顔見てもわかんないって言うのは」
「トコトン、そういう感情に鈍いのが、また師匠らしいというか」
「フィアッセさんの気持ちどころか、自分の感情にも鈍いってゆ〜んが、いかにもらしいですな」
「罪な方ですね、高町様は」
「「「はあ〜…」」」
ノエルのセリフに、ため息を重ねる3人の乙女をよそに。
他の誰にも見せないような穏やかな表情でフィアッセを迎える恭也と、同じく恭也の為だけの微笑を浮かべ寄り添うフィアッセ。
二人の気持ちが通じるのは、果たしていつになることやら…
「というか、誰かが言わなくっちゃ、ずっとあのまんまだったりして」
Happy Endは、まだまだ遠い…
「どうしたの、恭也〜?」
「いや、フィアッセ、実はさっき月村に…」
案外、早いかも?
<後書き…?>
うむむ〜。
微妙に、というか、かなり恭也壊れてる気が(汗)
これではコメディというより、ギャグ?
何気に美沙斗さんの扱いが酷いような気もしないでもないですが、コメディということでファンの皆様方、ひらにひらにお許しをっ。
えっと、美由希のお相手である青年、オリキャラの風間愁に付いては、詳しい設定は…ないです(笑)
一応、もとネタはあります。
誰のシナリオだったか覚えていないのですが、美由希が翠屋のアルバイトの青年とくっついたというエピソードがあったような…って、うろ覚えだし。
というわけで、彼の容姿等については、読者の皆様の想像にお任せ(爆)
私自身のイメージとしては、ぽややんとした穏やかな青年で、いうなれば、男性版那美。
といっても、あれほど自爆的天然さんではありませんが(笑)
ごく普通の家庭で育っており、当然、剣やら霊やら物の怪やら夜の一族とはまるで無縁ですので、付き合いだしてからはえらく苦労したと思われます。
それでも美由希を伴侶に選ぶとは、実は結構肝の座った人物かも(笑)
タイトルの元ネタは、さだまさし氏の「親父の一番長い日」ですって、またしても歳がばれるネタを(汗)
ちなみに、原曲は嫁いでいく娘に対する父親の心境を、娘の兄の視点から描いているという、とても感動的な曲なのですが…本文の内容については、原型まったくありません(笑)
あと、途中恭也の脳内で美由希の思い出と共にまわっていた曲は、山口百恵さんの「秋桜」(これも原曲はさだまさし氏)ですが、知ってる人いるのかな(汗)
こんなSSですが、少しでも笑っていただければ幸いです。
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