アップル・パイとシナモン・ティー


匿名希望さん 作




 いらっしゃいませ、お一人ですか?
 ご注文、お決まりになられましたらお呼び下さい。
 当店のお薦めですか?
 お薦めという訳ではありませんが、恋がかなう…と評判のメニューがありますよ。
 え?
 効果、ですか?
 それは……



 まったりした雰囲気の秋の昼下がり。
 休日モード全開のゆうひが、翠屋でアイリーンとのんびりティータイムを楽しんでいた。
「ああ〜、せっかくの休日やのに、愛しの耕介君は実家のピンチヒッターで留守なんて、椎名さん、めっちゃ不幸や〜」
 訂正。
 ちょっとため息モードらしい。
「こらこらゆうひ。目の前にいるあたしに対して、それは失礼だぞ」
「ごめんな〜、アイリーン。でも、本当に、ちょっとうるうるなんよ」
「まあ、それはわからなくもないけどさ。実際、私も今日はいきなりデートの約束、キャンセルされたわけだし」
「うちら、ちょっぴり不幸な娘さんや〜」
 ゆうひ、よよよと泣きまね。
 それを苦笑して見ていたアイリーンだが、店内にふと視線をめぐらせ、にやっと笑って呟く。
「ま、せっかくの休日にデートする相手もなくって、翠屋で給仕に勤しむ誰かさんよりかは、ましかもね」
 ぴたっ。
 約一名、その呟きを聞きとがめて立ち止まった人物がいた。
 当翠屋の看板ウエイトレス。
 フィアッセ・クリステラ嬢、その人である。
「それは私のことかな〜、アイリーン」
「誰もフィアッセのことだ、何て言ってないよ」
 人の悪いニヤニヤ笑いを浮かべていては、説得力ゼロである。
「そやね〜。フィアッセは、ここでデートしてるみたいなもんやしな〜」
 瞬間、ボッとフィアッセの顔が赤く染まる。
「ゆ、ゆうひ!」
「あ、そうか、恭」
「お客様、ご注文はお決まりですか!!」
 慌てて、アイリーンのセリフをさえぎるフィアッセ。
 幸か不幸か、少し離れたところで接客業に勤しんでいる、無口なウエイターには聞こえなかったようである。
 もっとも、聞こえていても朴念仁を絵に書いたような青年のことだから、おそらく話題になっているのが自分のことだとは、チラッとも思わないであろうが。

 くすくす。
 いつもは年長者らしく振舞っているフィアッセの子供らしい一面を見て、桃子は思わず笑みを漏らした。
「も〜、桃子まで笑う〜」
「ごめんね〜、フィアッセがあんまりかわいくって〜」
「そうそう。こう見えても、恋愛事には意外にお子様なんだよね」 
「アイリーン!」
「フィアッセ〜、お客さんすいてきたから、お昼していいわよ。ついでに〜、恋の手ほどき、してもらったら?」
「桃子!」
 3人にからかわれ、ちょっとだけ拗ねたりするフィアッセ。
 そんなところがかわいいのよね〜、なんて内心で思って笑う桃子。

 さて。
 場所を奥の席に移動して、フィアッセは遅めのランチタイム。
 ゆうひとアイリーンは、お茶を楽しんでいた。
「恋といえば…」
「もう、その話題はいいよ」
 フィアッセ、まだからかわれるのかと思ってちょっと身構える。
「違う違う。おまじないの話だよ」
「おまじない?」
「そうそう」
「恋がかなうおまじないって言うかジンクスって、結構いろいろあるよね」
「あ〜、あるある。うちの通ってた高校の話やけどな、初デートでそこへ行くと必ず別れるって言われてる公園があってな」
「って、いきなり別れ話?」
 アイリーン、呆れ顔。
「あはは、ちょっとしたジョークやん」
「で、恋がかなう方のお話は?」
「何だ、結構乗り気じゃない、フィアッセ」
 サンドイッチを食べる手を止め聞き入っているフィアッセに、人の悪い笑顔でつっこむアイリーン。
「それは、その…」
「まあ、ええやん。フィアッセもお年頃やし」
「もう、それは良いから」
 からかわれそうになりながら、話を促す。
「そやった。えっとな、うちの通ってた学校やないんやけどな。ある学校にな、大きな大きな木があるんやて。で、その木はな、伝説の木って言われてて…」
 ふむふむ。
 思わず身を乗り出すフィアッセ。
「バレンタイン・ディに、その木の下で女の子から告白すると、永遠に幸せに」
「Stop!それって、この間ゆうひが主題歌を歌ったテレビドラマの話でしょ?」
「なかなか鋭いつっこみやな、アイリーン」
 がっくり。
 そんな効果音が見えそうなリアクションをとるフィアッセ。
 期待して聞いていただけに、ちょっとショックが大きかったようである。
 素直で信じやすい、純粋なフィアッセのリアクションが楽しくて、ついついからかってしまうゆうひであった。
「ゆ〜う〜ひ〜!」
「あはは、軽いジョークやん」
「あんまり冗談ばかりだと、話すすまないよ」
 アイリーンのつっこみも少々お疲れ気味。
「それじゃあ、これは正真正銘、ほんとの話や」
「本当に?」
 ちょっとフィアッセ、懐疑的。
 さすがにからかわれ続けて、疑い深くなっているようである。
「かわいいフィアッセに信じてもらえんなんて、椎名さん悲しいわ〜」
「それはもういいから」
 アイリーン、視線の温度が下がり気味。
 これ以上はマズイと判断したゆうひは、話を続ける。
「あ、あはは…えっとな、これは、ある喫茶店のお話や」
「喫茶店?翠屋みたいなの?」
「ん〜、どうやろ。うちも、直接行った訳やなくて、聞いた話やから」
「それで、その喫茶店がどうしたの?」
「そこにはな、それをオーダーすると恋がかなうと評判のメニューがあってな…」

 ゆうひの話によれば。
 とある町の、小さな喫茶店。
 取り立てて目立つお店ではないけれど、静かな雰囲気とおいしいコーヒーが常連に人気のお店。
 その喫茶店の隠れた人気メニューが、パンプキン・パイとシナモン・ティーに、薔薇の形の角砂糖二つ。
 シナモンの枝で、その喫茶店の窓ガラスに愛しい人の名前を3回書けば、たちまち恋が実るという。
 
「ふ〜ん、で、それ、効果あるわけ?」
「それがな、アイリーン。この話には、ちゃ〜んとオチがついててな」
「オチ?」
「そう。そこの喫茶店のマスターな、えらい無口でシャイなお人やったんやて。で、そのお店の常連の別嬪さんにホの字やったんやけど、なかなか言い出せへんくってな。ある日、その件のメニューを、自分でオーダーしてその別嬪さんのとこへ持ってったんやて。ご丁寧に、その前に別嬪さんがいつも座る席の窓に外側から、その彼女の名前を3回書いて、な」
「うんうん」
 思わず、身を乗り出すアイリーンとフィアッセ。
「それで…」
「それで?」
「その別嬪さん、当然そのメニューの意味を知っとったからなぁ…」
「だから?」
「真っ赤になって、逃げてしもた!」

 だああっ!
 ハデにこけるアイリーンと、フィアッセ。
 …世に誇る歌姫達にしては、ちとはしたない。

「それじゃあ、意味ないじゃん!」
「あははは、まあ、そう焦らんといて」
「というと、まだ続きがあるの?」
「そや、フィアッセ」
「もったいぶらずに、続き!」
「も〜、せっかちさんやなアイリーンは」
「い〜から、早く!!」
「はいはい。まあ、それでな、がっくりきたマスターやったんやけど、もっとがっくりきたんが、その作戦を吹き込んだ常連の高校生達や。せっかく日頃、コーヒー代をまけてもろとるお礼にとしたことやのに、完全に裏目に出てしもた、と思ったんやな」
「ふ〜ん、これは日本の諺で言うところの、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄へ落ちろ、だね」
「ア、アイリーン、それは違うと思うよ」
 真顔でボケるアイリーンに、ちょっぴり額に汗してつっこむフィアッセ。
「そう?でも、ゆうひ、これじゃ恋のかなうお話になってないじゃない」
「だから、オチがあるって言ったやろ。あのな、その高校生達が、さすがに数日はその喫茶店に出入りできなくてな、店の前でうろうろしとったら、店の中からマスターが上機嫌でその子らを呼んで、めったに出さへんスペシャルコーヒーを奢ってくれたうえ、『俺、結婚することになった』って言ったんやって」
「それって…」
「Happy Endってことだよね、やっぱり」
 ほうっと、ため息を付くフィアッセとアイリーン。
「どや、ちゃ〜んとオチがついとったやろ」
 得意そうなゆうひ。
「ね、それさ、この翠屋でやったらどうかな?」
「あ、え〜ね〜、翠屋特製、恋がかなうスイート・メニュー。パンプキン・パイとシナモン・ティーに〜、当然、薔薇の形の角砂糖を2つは外せんね」
 ノリノリのアイリーンに、基本的にお祭騒ぎ好きなゆうひがのる。
 いつもはここで止めに入るフィアッセまで、ちょっと夢見モード。
「そうだね〜。そのままじゃそのお店に申し訳ないから、もう少しスイートなアップル・パイと組み合わせてもいいかも」
 なんてと言い出す始末。
 乙女心爆発中、といったところだろか。
 盛り上がりまくる乙女3人。

 そこに、傍らから冷静な声。
「フィアッセ、休憩中だから喋るなとは言わんが、もう少し小さな声で頼む」
 ちょっとだけ引きつった表情の、無口なウエイター恭也の登場であった。

 女3人寄れば姦しく。
 ましてや、声が命の歌姫達。
 いつの間にやら、店内の注目を一身に引き受けてたりした。

「あ、ご、ごめんなさい!」
「Sorry…」
 真っ赤になったフィアッセと、トホホな表情のアイリーンをよそに。
「こりゃまた、失礼しました〜」
 ゆうひ、退場しつつもお笑い根性炸裂。
「あははは…」
 桃子、苦笑い。
 
 さて。
 そんな午後のどたばた騒ぎが一段楽して。
 翠屋が一番賑やかになる時間帯も、少し前にすぎ。
「ね〜、フィアッセ」
「な〜に、桃子?」
「さっきの…アップル・パイとシナモン・ティーだっけ?あれ、本当にやったら面白そうね」
「ふふ、そうだね」
「という訳で〜、実験第一号、お願いねっ」
「え?え?」
「ほ〜ら、奥のテーブル、使っていいから」
 いつの間にか用意されていたアップル・パイとシナモン・ティーの乗ったトレイを渡され、奥まったテーブルへ案内される。
 ご丁寧にも、シナモンの枝付きである。
「さっき、結局お昼し損なったでしょ?それでも食べて、休憩してて」
「で、でも」
「い〜から、い〜から、桃子さんに、お、ま、か、せ!」 
 何がお任せなのやら、その場の勢いで奥の席へ向かうフィアッセ。
「い〜のかな〜」
 それでも、確かにあの騒ぎでお昼を食べ損なった事には違いなく、桃子の気遣いをありがたくうけるフィアッセだった。

「ふふふ。桃子ったら、ちゃ〜んと、薔薇の角砂糖まで2つ付けてくれてるし〜」
 そうなると、試してみたくなるのが乙女心というものであって。
 きょろきょろ。
 辺りを見回し、誰も自分に注目していないのを確認すると。
 そっと、シナモンの枝をとり、想い人の名前を3回、窓に書き込む。
 そして。

「恭也〜、I Love You」

 小さな声で。
 けれど、真剣に。
 いつも口にするような、冗談混じりの告白ではなく。
 想いを込めて、彼の名前と恋心を囁く。

 しかし。
 彼女は忘れていた。
 桃子が「実験第一号」と言っていたのを。

「フィ、フィアッセ…それは、つまり…その」
「き、恭也?!」

 ついでに休憩しておいでと、強引に桃子にフィアッセのいる席へ向かわされた恭也。
 その耳に届いたフィアッセの囁きは、甘く切なく優しくて。
 いかに朴念仁の青年といえど、ほぼ直接に言われたに等しいこの状況では、かの歌姫の想いが伝わらないはずもなく。

 かくて、この後たっぷり10分間、二人して真っ赤になったまま固まる羽目となった。

「やれやれ、ほんっと、手のかかる二人よね〜」
 そんな二人の様子を、店のカウンターから眺める桃子。
 その表情は、ため息半分、微笑ましさ半分といったところか。


 
 それから、二人がどうなったか、ですか。
 カウンターをご覧になってください。
 黒髪の、ちょっと無口なマスターと、そのマスターに寄り添っている優しい笑顔のウエイトレスさん…見えますか?
 それじゃ、二人の左手にそっと輝いている、おそろいのリングは…?
 物語の最後は、やっぱり、そういうことなんですよ。
 はい、では。


「オーダー、入ります。アップル・パイとシナモン・ティーを一つ、お願いします」


 <後書き…?>

 やってしまった、フィアッセメインの、一応、ラブ・コメ…のつもりのSS。
 ああっ、めちゃくちゃ恥ずかしかった!!
 元ネタは、さだまさし氏の「パンプキン・パイとシナモン・ティー」って、ほぼまんまですね(汗)
 …歳がばれるなぁ、このネタは。
 あと、もう一つ、文章中にとある有名なゲームのネタをちょっとだけひねって入れてみました。

 本文について、ですが。
 …ラブ・コメになってない?
 すみません、私の文章力では、これが限界でした(涙)
 フィアッセメインといいながら、しっかりゆうひが目立っているという点については、本人、充分に理解してますのでつっこまないで下さい(涙×2)

 こんなSSですが少しでも楽しんでいただければ幸いです。 


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《おまけ:KOHによる3次創作、つーか、まんまぱくり(笑)》

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