匿名希望さん 作
一年一度の 大チャンス!
老いも若きも ご一緒に
ときめく想いに リボンをかけて
揺れる瞳で あなたを見つめ
恋する気持ち 届けましょ
2月14日、それは世に言う、St.Valentine Day。
いわゆるひとつの、恋する乙女のためのイベント。
同時に、お菓子を製造・販売する店舗においての商売繁盛、かき入れ時でもある。
それは、ここ海鳴の街でもっとも有名な洋菓子店である「翠屋」においても例外ではなく、年末年始のイベントが終わればすぐさま新製品の開発やセット商品の用意等にと、家族にして従業員でもある高町家の面々は連日、その準備に大忙しであった。
そんな中、一人悩みをかかえた表情をしているのは、翠屋のチーフ・ウエイトレス、フィアッセ・クリステラ。
その理由は至極簡単にして、複雑。
今更……かもしれない。
でも。
今年こそきちんと伝えたい、この想いを。
無口で照れ屋だが、何気に優しい朴念仁な高町家の長男、高町恭也に恋し続けて早十数年。
さり気にアピールしてもことごとく気づいて貰えず、最近ちょっぴりめげそうになりつつも、このままじゃいけないと一念発起。
バレンタインをきっかけに、何とか家族としてではなく、一人の女性として、本音を言えば恋人としてみてもらいたい、なんて思い詰めていたからであった。
さて、決意は固めたものの、具体的な方法がいまひとつ思い浮かばず。
三人寄れば文殊の知恵ではないけれど、恋の経験豊富な友人たちの助言が欲しくて、訊いてみたのが運の尽き。
アイリーンとフィアッセの住むマンションの一室で、ワイン片手に乙女の秘密会議。もちろん、お酒の飲めないゆうひは紅茶片手にだけれど。
「何だ、まだ言ってなかったの、フィアッセ?」
「せや、もううちらとっくに言ったもんやと思とったのに」
「だ、だって、いつも言ってるんだよ」
「いつもって、あれ挨拶みたいなもんでしょ。全然っ、本気にしてないと思うんだけど」
「そうそう、伝わって〜へんって」
「大体、あの恭也にさりげなく、何てモノが通用すると思う?」
「あ〜、そりゃ〜無理な話や」
……何だか言いたい放題に言われてたりするフィアッセ。
秘密会議と言うよりは、フィアッセの片想いのあらましを体よく酒の肴にされていたりする。
「やっぱり、そうかな?」
とはいえ、思い当たるところ多数なフィアッセ。
そういえば……
どうしても外せないコンサートがあるからと、故郷イギリスに呼び出され、日本にいられなかった昨年のバレンタイン・デイ当日。
それでも届けたい乙女心を、わざわざ当日に間に合うように航空便で送ったと言うのに。
ああ、それなのに。
「わざわざ送ってくれたのはありがたいけど、あと1週間もしたらまた帰ってくるんだし、その時でかまわなかったんだが」
無事に着いたかなと心配でかけた国際電話の返答がこれでは、なんとも報われない。
「あ〜、それは……」
「何と言うか、まったく乙女心ってモンを理解してへんな〜」
しみじみ2人に言われると、今更ながら落ち込むフィアッセだった。
「その点、うちの耕介君は乙女心をわかってるんよ〜」
フィアッセと同じくコンサート中だったためゆうひも、航空便で恋人の耕介にチョコを送ったのだが。
「届くやいなや、熱烈ラブコールの嵐!うちと耕介君はドーバー海峡を越えて、電話越しに熱〜い想いとキッスを交わしあったんや!!」
身振り手振り付きで熱く語り始めたゆうひに、クールな視線をちらりと投げかけてアイリーン。
「……アレはおいといて」
「あ、あはは……」
フィアッセ、ちょっぴり苦笑い。
ゆうひのお惚気が始まったら、とんでもなく長いと言うのはすでに経験済みだったりする。
イギリスにいたころ、うっかりゆうひの話を聞き返したら、耕介とのドラマチックな出会いのシーンから始まって、恋人へのステップアップを刻んでいく日々の描写、果ては初めての……ごほん、ごほん。
まあ、ともかく延々4時間に及ぶ「うちと耕介君の愛のメモリー」とやらを聞かされる羽目になったのだった。
と言うことで、突っ込みたいところは山ほどあれど、うっかり突っ込むとさらに長くなるので、さりげなく聞き流すのが賢明な判断と言えよう。
「でもさ、フィアッセ。普通にチョコを渡すだけだと、結局今までと同じで気づいてもらえないよ」
「う、うん」
「家族として、じゃなくて一人の女性として見て欲しいんでしょ?だったら、思い切って」
「思い切って?」
「いっそ大胆に攻めてみたら?」
「え?」
「そうや!」
いきなり会話に復帰するゆうひ。どうやらあちら側から帰ってきたらしい。
……あちら側って、何処?
「恋は酔うもの、酔わすもの!酔って、酔わせてなだれ込むんや!」
……なだれ込むって、何処へ?
「ゆうひ、紅茶で酔ってるの?」
「うちはぜんぜん素面や、アイリーン。それよりフィアッセ!キーワードは、大胆にや!フィアッセはもとはええんやから、こう、ぐっと来るような色っぽさを前面にやな」
「平たく言えば、色仕掛けってこと?」
「せや!これで落ちん男はおらへん!!」
「え、ええ〜!?」
胸元が強調された服。潤んだ瞳に甘い声。
「恭也に、ア・ゲ・ル……なんて言ってみたらイチコロかもよ」
そういう状況にいる自分を想像してみるフィアッセ。
ボンっと音が出るぐらいの勢いで赤くなってしまう。
「あ〜、これは無理やな」
「面白い、じゃなくて確実だと思うんだけどな」
アイリーン、何気に本音が出てたり。
「もう、二人ともからかってないで真面目に考えて!」
「ごめん、ごめん」
「堪忍や、フィアッセ。でもな」
急に真面目な顔になるゆうひ。
「想ってるだけじゃ伝わらへんよ」
優しい姉の表情で、そうささやく。
アイリーンもまた、フィアッセの恋を心から心配する親友としての表情で。
「ゆうひの言うとおりだよ、フィアッセ。別にバレンタインじゃなくても良いけどさ。本気で恭也のこと好きなら、ちゃんとその想いを伝えるべきだよ」
そっとフィアッセの背中を押す言葉をかける。
「ゆうひ、アイリーン……ありがとう、励ましてくれて。そうだよね、恋人になりたいんだったら、ちゃんと行動しなくちゃいけないよね」
「その意気や、フィアッセ」
「あたって砕けたら、また私達で話聞いてあげるからさ。まずはがんばれ!」
「砕けたらあかんよ〜、アイリーン」
「ごめん、失言だった」
「砕けたくはないけど、言わずに後悔するのは嫌だから、がんばってみるね」
友の温かい励ましを受け、フィアッセは決意する。
今更……かもしれない。
でも。
今年こそきちんと伝えよう、この想いを。
あれこれ、それぞれあったけど。
あっという間にバレンタイン当日はやってきて。
「ただいま」
リビングに入ってきた恭也を振り返る美由希。
「お帰りって、わっ、たくさん貰ったね、恭ちゃん」
学校帰りの恭也の両手には、カラフルな紙包みがたくさん入った袋があった。
「お兄ちゃん、凄〜い」
「なのは、俺がこんなに好かれている訳はないだろう。俺がよく赤星と一緒にいるからと、気を使ってくれる人が多いだけで別に凄くはない」
それ以外に理由など存在しないと言う表情で、あっさりとそれだけ告げる恭也に。
「恭ちゃん、それは……」
「ちょっと違うと思うよ」
妹たちは苦笑気味に言葉を紡ぐのだった。
「相変わらずね〜、恭也は」
高町家の母であり、翠屋の店長でもある高町桃子がキッチンから声をかける。
「相変わらずって、どういう意味だ、かーさん」
「そういう意味よ」
くすくす笑いながら言う桃子に、軽く眉をひそめる恭也。
「よくわからん。それより店は大丈夫なのか?」
「今ちょっと手が空いたからね。フィアッセと交代で愛を届けに来たのよ。はい、これ。かーさんから愛を込めて」
先ほどまでキッチンにいたのは、この為だったらしい。
にっこり笑って渡されたのは、お皿に盛られたほんのりと温かいチョコレート色をしたクッキーだった。
「ちゃんとビターにしておいたからね〜。母の愛をしっかり味わいなさいな」
甘いものが苦手な恭也にとっては。
「ありがたいが、ありがたくない」
そうは言いながらもちゃんと受け取る。
そういうところは、人が良いと言うか、優しいと言うか。
もっとも、受け取らないと後が怖いせいもあるが。
「じゃあ、かーさんお店に戻るね」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
「がんばってね、おかーさん」
「はいは〜い」
あわただしく店に戻る桃子を見送る恭也たち。
「そういえば、晶とレンはどうした?」
「晶はランニングで、レンはお夕飯のお買い物だよ」
「そうか。ん?なんだ、なのは」
「あのね、お兄ちゃん。これ、なのはからなんだけど、受け取ってもらえる?」
「もちろんだ。ありがとう、なのは」
なのはがおずおずと差し出したチョコを受け取ると、優しく頭をなでながら礼を言う恭也。
「えへへ〜」
その様子を微笑ましげに見ていた美由希も。
「はい、恭ちゃん。あんまり甘くないの買っといたから」
と、チョコレートを恭也に手渡す。
「ああ、ありがとう」
気を使って甘くないチョコをくれる家族や友人たちはまだいいのだが、大きな2つの袋いっぱいのチョコは、恭也にとって正直困る。
「これは全部なのは達で食べてくれ」
と、テーブルの上に袋からチョコを出す恭也。
「え、でも」
「う〜ん、恭ちゃん、でも、これってどう見ても」
義理に見えないチョコレートが少なく見ても5つか6つ。
「どう見ても、なんだ?」
わかっていない恭也にどう説明したものかと悩む美由希となのは。
「ただいま〜」
「お帰り」
「あ、フィアッセ。お帰り」
「おかえりなさい、フィアッセさん」
リビングから聞こえた声の中に、恭也の声があったことに気づいて、ちょっとだけどきどきしながらドアを開けたフィアッセが見たのは。
「あ……」
恭也が貰ったとおぼしきたくさんのチョコの山と。
その中にしっかりと存在する、義理ではないチョコレート数個。
固まってしまったフィアッセの視線の先に気づいた美由希となのはは。
「あ、あのねフィアッセ」
「こ、これはですね」
何とか上手くその場を取り繕おうとひたすら焦っていたりした。
「どうした、フィアッセ?」
しかし、当事者はまったく気づいてなかった。
「チョコレート……貰ったんだ、こんなにたくさん」
震える声で問いかけるフィアッセに、訝しげな表情を向けながら。
「ああ、それがどうか」
したのかと、言いかけた恭也の言葉を最後まで聞かずに、リビングを飛び出していくフィアッセ。
「フィアッセ!?」
その瞳に浮かんだ雫を見て、とっさに追いかける恭也。
「フィアッセさん、大丈夫かなぁ」
「雨降って地固まる、だと良いんだけど。まあ、後は恭ちゃんに任せよう、なのは」
行き先を決めて飛び出した訳じゃないけれど、気がつけば海の見える海鳴臨海公園にたどり着いていた。
恭也がいろんな女の子に、好意を寄せられているのは知っていた。
でも、恭也はそういう感情に鈍いから……だから、大丈夫。
好かれてるなんて気づかない、そう思っていた。
だけど。
これからだってそうだとは限らないんだと、思い知らされた気がした。
恭也は、とてもまっすぐな人だから。
本気の想いを伝えられたら、ちゃんと答えを出そうとするだろう。
もし、もしもあのチョコの中の誰かから、想いを言葉にして告げられたらどんな言葉を、想いを返すのだろう。
「ここにいたのか、フィアッセ」
夕暮れの迫った海を見つめながら、胸の痛みに耐えるフィアッセの背中に声がかけられる。
「恭也」
振り返った彼女の瞳に涙を見つけ、そっと恭也は問いかける。
「どうして飛び出したりしたんだ?」
それには答えずに。
「ごめんね、恭也」
ただ、そう答えるフィアッセ。
「……謝られるようなことは何もないよ。帰ろう、フィアッセ。皆が心配してる」
「うん……」
けれどフィアッセはまだ動かない。
「フィアッセ?」
「ねえ、恭也」
「何だ?」
「チョコレート、受け取ってくれる?」
今更……かもしれない。
でも。
今年こそきちんと伝えよう、この想いを。
「……当たり前だろう」
「そう、だよね」
それは毎年の儀式のようなものだから。
「フィアッセのチョコレートは特別なんだ。要らない訳がない」
「え?」
ときめく想いに リボンをかけて
揺れる瞳で あなたを見つめ
恋する気持ち 届けましょ
がんばれっ 女の子っ!
<後書き……?>
と言うわけで、バレンタインSSパート2、だったりします。
正直、かなり難産でございました。
やっぱり、どうも甘い雰囲気にはならず(苦笑)
こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(おまけ)
「む……」
呻く様に呟く恭也の前には、甘さ控えめのしかし、大量のチョコレート。
あの後、レン、晶、忍、ノエル、那美、加えてさざなみ寮の面々からと、次から次へと渡されてなんだかすっかり山を成していたりした。
「これ全部、食べなくてはいけないのだろうか?」
……男の子も がんばれっ!
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