花束の代わりに


匿名希望さん 作


 やっぱり来なければ良かった。店内に入った途端後悔した。
 ざわざわなんて生易しいものじゃない。混み合った店内は賑やかすぎて眩暈がしそうだった。

「すんげー美人のウエイトレスがいるんだってさぁ」
「そうそう。客も女の子多いし」
 なんて鼻の下伸ばしてのたまう悪友たちに引っ張られて連れてこられた洋菓子店兼喫茶店。
 平日のティータイムという時間もあいまって、店内は女の子ばかりだった。
 そりゃそうだろう。洋菓子、それも地元の雑誌の何度となく取り上げられる有名店ともなれば、そういうのが好きな女の子たちにとって格好のターゲットというわけだ。
 で、そういう店は大抵見かけ倒しで、肝心の洋菓子や飲み物はたいしたことないというのが俺の持論でもある。
 だから、味なんて期待してなかったんだ。その店、翠屋に初めて来た時は。

 人混みは苦手だし、うるさく騒ぐ女の子たちはもっと苦手だ。
 クールな所が格好良いね、なんて勝手に近寄ってくるくせに、冷たいとか無愛想すぎるなんて言い捨ててやっぱり勝手に去っていく女の子たちのせいで、俺はすっかり女の子が苦手になっていた。
 女の子たちが姦しく喋る賑やかすぎる店内によほど渋い顔をしていたのか、それともそんな俺とは違って、店内をやに下がった表情できょろきょろ見回している悪友たちにトラブルでも起こされてはかなわないと思われたのかはわからないが、オーダーを取りに来たのは悪友たちが期待していた美人のウエイトレスさんとやらではなく、ウエイターのようだった。
「樫谷(かしたに)じゃないか?」
 聞いたことのある声に手元のメニューから顔を上げると、同じ大学の高町が翠屋と書かれたエプロンをして立っていた。
「高町?何でここにいるんだ、アルバイトか?」
 高町恭也。整った容貌と、俺以上にクールな言動、ついでに、いつもつるんでいる学内でも評判の美人月村忍の存在もあって良くも悪くも目立つ男だった。
 俺と高町とはいくつか同じ講義をとっている事もあり、あえば会話するぐらいの顔見知りでもある。
 しかし、洋菓子店でアルバイトをするようなタイプには見えなかったが。
「いや、アルバイトじゃない。ここは俺の母が経営している店だ」
「なるほど、家業の手伝いか。割と愁傷なタイプだったんだな」
 少しだけ感心してそう言うと、高町はかすかに辛そうに表情を歪めた。
「そういう訳じゃない。授業料をたてに法定労働時間等という物は存在していないが如くこき使われている」
「そ、そうか。苦労しているんだな、高町」
「恭也、またそんな嘘をついて。桃子に聞こえたら知らないよ」
 よく通る声が高町という男の知られざる一面、その苦悩に思いを馳せていた俺の耳に届く。
「フィアッセ。またとは人聞きが悪い。それに俺は嘘は言っていない。俺の置かれた状況を少々誇張して説明しているだけだ」
 蜂蜜色の長い髪。透き通った青い瞳。一目で欧米人とわかるとても美しい女性が高町に向かって苦笑しながら話しかけている。
 
 彼女のいる場所だけが、周囲からスポットライトを浴びたように浮かび上がって見えた。

「恭也ってば、もう。それでオーダーとったの?」
「いや、まだだ」
 呆れたように肩をすくめてこちらへ向き直る女性。

 その仕草一つ一つが優雅で、印象的だった。

「ごめんなさいね。えっと、恭也のお友達なのかな?」

 歌うように響く声。笑顔が心臓の一番深い場所に食い込んでくる。

「は、あ、その。と、友達というか、その」
 何間抜けな答えを返してんだ、俺は。焦る気持ちとは裏腹に言葉がうまく出ない。
「はいは〜い!俺、林って言います。高町と同じ大学通ってます」
「田中です、右に同じです!で、こっちの無愛想なのが樫谷って言って、やっぱ高町と同じ大学に通ってます」
 こういう時は、悪友たちの軽さが少し羨ましくなる。
「ウエイトレスさん、フィアッセさんでしたっけ?日本語お上手ですね〜、それに美人だし」
 いや、それは関係ないだろう、林。
「高町と凄く親しそうですけど、もしかして恋人?うわぉ、高町ってば月村と両手に花じゃん」
 何てこと言うんだ、田中。
「えっと、あの」
 困惑した笑顔を浮かべるフィアッセさん。何とか話を違う方向に持っていかなくてはと思うものの何も考えつかない。
 その時だった。
「林、田中。注文する気がないなら……」
 静かに、しかしどこか寒気がするような声で高町が林と田中に声をかける。
 それを聞いてようやく頭が回り始めた。
「オーダーお願いできるか、高町」
「ああ」
「シュークリームとミルクティーをひとつ」
「お、俺も。」
「あ、じゃあ、俺はアップルパイとコーヒー」
「かしこまりました」
 それから暫くして注文の品が運ばれてくる。
 そして、俺は自分の浅はかな思い込みを完璧に打ち破られた。
 シュークリームとミルクティーも文句なしに美味かった。今まで飲んだり食べたりした中で間違いなく一番に。

 以来、割と人の少ない時を選んで翠屋に足を運ぶようになり。
 いつしか、常連になって。
 店長で、高町の母親だという桃子さんとも話をしたりするようになって。

 それから。

「いらっしゃい、暁(さとる)。オーダーは、いつものでいいのかな?」
「はい、フィアッセさん」
 名前で呼んでくれるようになったフィアッセさんに、ようやく笑顔を返せるようになった。

 この感情を……何と呼ぶのか、今のところはまだわからない。
 だけど、手の空いたフィアッセさんに乞われるままに大学での高町の様子を話して。
「そう、恭也ってば相変わらず居眠りしてるんだね」
「相変わらずって前からそうなんですか?」
「うん、忍から聞いたことあるんだけど高校の授業中もよく居眠りしてたんだって」
「成るほど、筋金入りなんですね。だからかな?この間なんて、厳しいって評判の柴崎教授の講義中に、それも一番前の席で堂々と居眠りしてたんですよ、あいつ」
「ふふふ、恭也らしいね〜」
 楽しそうに笑う、その笑顔をそっと見つめていると何故か心が少し痛い。
 けれど、そんな心の痛みさえ甘く感じてしまう。
 誰に対しても少し冷めた目で見ていた俺なのに、彼女はそんな俺の凍りついていた心を、その笑顔でいつの間にか溶かしてしまっていた。

『でも、多分、俺は気づいていたんだ……』

 そんなささやかな幸せを、そっと胸にしまいこむ日々が続いていたある日。
 正月の賑やかさが去った商店街で、一人途方に暮れた様にうろうろと歩き回る高町の姿を見かけた。
「何してるんだ、高町?」
 その様子が、あまりにも普段のクールな姿から遠いものだったから思わず声をかけてしまった。
「あ、ああ、樫谷か。いや、何でもない」
 高町の後ろにある店は……
 装飾品や貴金属を扱ういわゆるジュエリーショップというシロモノだった。
「高町、宝石強盗は犯罪だぞ」
「なぜ、俺がそんなことをしなくちゃならないんだ」
「いや、あまりに似合わない場所だったから」
 がっくりと頭を下げる高町の姿に、少しからかいすぎたかと苦笑する。
「お前がアクセサリーを身につける姿なんて、想像つかないしなぁ。誰かのプレゼントか?」
 ビクっと面白いように反応する。そういえば、確か……

「もうすぐフィアッセの誕生日なんだけど〜、翠屋でパーティーするから樫谷君も来ない?」
 なんて、先週翠屋に寄った時に桃子さんが言っていたのを思い出す。
 家族メインの誕生パーティーに誘われて良いのかとためらっていたら、それを見越したように。
「暁は恭也のお友達だし、もし迷惑じゃなかったら来てね」
 当の本人であるフィアッセさんにもそう言われて、結局お邪魔することにしたんだった。

「そうか、フィアッセさんへのプレゼント、か」
 何気なくそう呟いた俺は。
「っ!」
 絶句したまま、顔を紅く染める高町なんていう、信じられないモノを目にしてしまった。
 うろたえている?高町が?何事にも飄々としていて、あの月村にじゃれ付かれても顔色一つ変えない、最強の朴念仁と揶揄されている高町が、赤面してるだって?
 衝撃的な状況に固まっていた俺だが、店から出ようとしていた人に不審そうに見られて我に返った。
「な、なあ高町。こんなとこで男二人固まってても怪しいだけだからさ、場所変えよう」
「あ、ああそうだな」
 で、海鳴臨海公園にやってきた訳だが。正直、何をしゃべっていいものやら見当もつかなかった。
「フィアッセに…誕生日プレゼントを買おうと思っていたんだ…」
 暫く沈黙が続いた後、ぼそりと高町が呟くように喋り出す。
「で、いったん店内に入ったんだが、あまりに種類が多すぎて」
「何を選んだら良いか分からなかったってわけか」
「ああ」
 照れもあるんだろうが、ことさらぶっきらぼうな様子で肯定する。
「店員に相談すればよかったんじゃないか?」
「上手く説明できなかった」
「何を?」
「…フィアッセは姉みたいな存在だと、ずっとそう思ってた。だからそう言おうとしたんだ。だけど」
 その後、高町が言葉少なに語った状況から推察するに、こんなシーンがさっきのお店の中で繰り広げられたんだろう。

 にこにこと寄って来るジュエリーショップの店員。
「何かお探しですか?」
「あ、その。誕生日プレゼントを探してるんです」
 うろたえる高町の姿に、微笑ましいものを感じたその店員は言ったんだろう。きっと、にっこりと笑って。
「恋人への贈り物ですね?」
 
 ああ、そうか。
 まったく、不器用な奴だ。そのひと言で自覚してしまったらしい。
 自分のフィアッセさんに対する想いが何かを。

「ほら、さっきの店に戻るぞ高町」
「急に何を」
「男同士でジュエリーショップって言うのもゾッとしないし、第一、俺だってガラじゃないけどさ。選ぶの手伝ってやるよ、フィアッセさんへの誕生日プレゼント」
「正直助かるが、しかし」
 まだ少し赤い顔をした高町に向かって、にやりと笑いながら。
「いや、違ったな。誕生日プレゼント兼愛の告白用のプレゼントだったな」
「っ!!」
 ようやく冷めかかった頬をまた真紅に染める高町の姿に大笑いしながら俺は、ひとつの光景を胸に浮かべていた。
 近い将来、確実に訪れるであろう、その光景の中心にあるのは。

 常にない緊張の面持ちでフィアッセさんにプレゼントを手渡しながら、ある言葉を告げる高町と。
 その言葉を待っていたように、涙を浮かべながら、それでもとても幸せそうに微笑むフィアッセさんの姿だった。
 
『ああ。そうだ。俺は最初から気づいていたんだ。フィアッセさんが本当に幸せそうに笑うのは高町が傍にいる時だって』

 その時には、俺はこの胸の痛みには気づかぬ振りをして、用意するつもりだった花束の代わりに、フォトフレームを渡そう。
「早速このプレゼントが役に立ちますね、フィアッセさん。恋人記念の最初の一枚、これに飾って店内に掛けたらどうです?」
 そんな風にフィアッセさんと高町をからかおう。

 それから。

 お酒の飲めない俺は、テーブルに置かれたミルクティーで祝杯を挙げるんだ。
 フィアッセさん、あなたのバースディに。
 そして、俺の初めての恋と失恋に。
 

<後書き…?>

 あああああっ。
 これの何処がフィアッセのバースディSSなんだっ!という皆様の突っ込みが聞こえてくるような気が激しくしてます(爆)

 私如き、ほのぼのSS書きには、フィアッセメインの甘い誕生日SSなんて、とてもとても無理でしたっ!
 と、開き直ったところで(爆×2)
 
 フィアッセ、お誕生日、おめでとうっ!

 え〜、例によってこの作品にもイメージソングがあります。
 『モンタージュ』(槇原敬之・アルバム『Such a Lovely Place』)という曲です。

 蛇足になりますが、一応恭也からフィアッセへのプレゼントは一月の誕生石であるガーネットのネックレスあたりをイメージしてました。
 ちなみに、ガーネットには、友情・忠実という意味があって、身につけていると幸福と永遠に変わらぬ愛情がもたらされると言われているとか。
 …1時間もかけて真剣にフィアッセに何をプレゼントするか悩んで、一生懸命調べたのに、SSの中に書けなかったのは、文章力の無さのせい(涙)


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