折原家の育児日記 番外編4


匿名希望さん 作


 夕暮れの教室は、他に人影も無く。
 沈み行く夕日が、見知った彼女を全く見知らぬ女性に見せていた。
 愁いを帯びた横顔。
 決意を込めて、握った手をコートのポケットに仕舞い込む。
 その横顔に。
 その仕草に。
 その瞬間に。
 不意に気づく。
 恋におちたのだと。
 否。
 ずっと前から恋におちていたのだと。

「そりゃ、勘違い…」
 冷静な声で呟く修平の言葉が、とても遠く聞こえる。
 二人に気付いた留華が振り返る。
「佳人、修平」
 にっこりと笑いながら近寄ってくる彼女に、動悸・息切れ・眩暈・エトセトラ・えとせとらな佳人。
「る、留華、その…」
「どしたの、佳人?顔、赤いよ?」
「な、何でもないよ。そ、そうだ、久しぶりにラーメンでも食べていかない?」
「それって、佳人のおごり?」
「え?えっと、ああ、いいよ」
「やった!!」
 先ほどの愁いを帯びた表情がうそのように、そこにいたのはいつもの留華で。
 なのに、どうしても顔が赤くなっていくのをとめられない佳人だった。
「…俺、邪魔?」
 事態を面白がるように、しかし表面上はあくまで無表情に突っ込む修平。
「な、何をっ!」
 おもっきり慌てている佳人をしり目に。
「何にしようかなぁ。う〜ん、キムチラーメンスペシャルは、やっぱ外せないよね〜」
 などと、能天気にこれからおごってもらえるメニューに思いを馳せている留華。

 というやりとりの後、いつものお店で、ラーメンを食べて。
 満腹ご機嫌な帰り道。
 ちゃっかり、修平もおごってもらっていたのはいうまでもなく。
 財布を覗いてはため息ついてた佳人と分かれて、留華と修平の姉弟だけになると、さっそく少しだけ気になっていたことを切り出す修平。
「なあ、姉貴」
「ん〜、何?」
「さっき、俺達が教室入っていく少し前、何か考え事してた?」
「あ〜、あれ?」
 しばし頭の中で考えた後、あっさりと。
「お腹空いてたから、ラーメンでも食べようかなって思ってただけど」
 色気も何もあったもんじゃない答えを返す留華。
 年頃の乙女という自覚はあまりないらしい。
「佳人もタイミングいいよね〜。やっと私の子分だっていう自覚が出てきたかな?私の不断の努力が、ようやく実を結んだのよ!!」
「…その後で、ポケットに意味ありげに、握った手を入れたのは?」
「お財布の中身を確認しようとしてただけだけど?」
 黙ってさえいれば、10人中9人は振り返る母譲りの麗しい容姿をしている留華だが、口をひらけば10人が12.5人がパニック起こして逃げ出す言動とパワーの持ち主であり、あの父母の血を正しく、しかも思いっきりひいていることを改めて思い知った修平であった。
「そんなことだろうと思った。佳兄、かわいそうに」
「え、何で?」
「別に」
 不憫な、と思いつつも面白そうから黙っておこうと考えるあたり、彼もまた正しく父親の血をひいているのであった。
   
 恋とは、往々にして勘違いから始まる。
 幸か不幸か、長森佳人17歳。
 純情可憐で、生真面目で。
 今時珍しい一直線な好青年。
 掘り出し物だよ、そこ行くお姉さん!
 …最後はともかく。
 勘違いだろうとなんだろうと、燃え上がった恋の炎は、草津のお湯でも消火できず…ってあれ?

 枯葉が舞い散る、夕暮れの公園で二人きり。
 絵に描いたような告白チャンス。
「留華、ずっと好きだった…僕と、恋人として付き合ってほしい」
 想いを告げる佳人。
「え!?」
 突然の告白に驚く留華。
 でも。
「嬉しい…よ…私だって、ずっと前から想ってた。でも、私…こういう性格だからきっと、友達としてしか思われていないって」
 潤んだ瞳は、甘い罠。
「留華…」
 吸い寄せられるように留華を抱きしめる佳人。
 そして、重なる二つの影。
「…物好きだな、佳兄。ま、お幸せに…いや、ご愁傷様かな?」
 ちゃっかり物陰から覗いていた修平が、冷静にコメントする。
 その瞬間、佳人の人生は波乱万丈コースへと変更決定。

 さて。
 それから幾ばくかの月日が流れ。
 若い二人が付き合えば、当然保健体育のお時間となるわけで。

 未婚の男性100人に聞きました。
 人生で一番聞きたくない台詞とは、の質問の解答に。
「できちゃった」
 上位ランキング間違いなしなこの台詞が、照れくさそうな留華の口からこぼれだすと。
 盛大に引きつりながらも、嬉しいよと返す佳人には身に覚えがそりゃもうたくさんあって。
 相談した自分の父母、特に母は、なんとも複雑そうな笑みを浮かべたまま硬直したのであった。
 とにもかくにも、こうなったからには早々に結婚をと、折原家を訪ねる佳人。
 緊張気味に事の次第を告げかけたところ。
「許さ〜ん!」
 と、半分も話を聞かない内に、いきなり飛んでくる湯のみ茶碗。
 が、しかし。
「佳人に何するのよ!」
 留華にあっさりキャッチされて、あっという間に投げ返されて。
「がっ!!」
 哀れ浩平の額に直撃。
 熱〜いお茶が入ってたりしていないのは、まあ、不幸中の幸いだったが。
「少しは冷静に、二人の話を聞きなさ〜い!」
 等と、傍らの留美にまで、お盆で叩かれて。
「ぐぉっ!ちょっと…頑固親父を、やってみた…かっただけなのに…がくっ」
 あっさり意識は闇の中へ。


「浩…、浩へ…、浩平!!」
 はっと気がつくと、そこはお布団の中。
「いくらお正月だからっていつまで寝ているのよ。もうとっくに子ども達、起きてるわよ」
 留美にたたき起こされて、酒の残った頭でぼんやりと考える浩平。
「夢だったのか〜。それにしても、初夢にしちゃあリアルだったなぁ」


「…という初夢を見たんだよなぁ、確か15年ぐらい前のお正月に」
 しみじみと語る浩平。
「へえ〜、まるっきり予知夢だね、お父さん」
 素直に感心している留華。
「ああ、自分でも怖いぐらいの的中率だ」
「親父にそんな才能があったとは。まあ、常々普通の人とは違うと思ってたけど」
「はっはっはっ。そんなに誉めるな修平、照れるじゃないか」
「修平、お父さんをからかうのはよしなさい。すぐに調子にのるから」
 ため息つきながら、さりげなく傍らのお盆を手に持つ留美。
「留美、その振りかぶったお盆はどうするつもりだ?」
「それを知りたくなかったら、お正月早々これ以上バカなことを言わないで」
 などと、和やかなお正月をすごす折原家の家族の中で。
「そ…そんな夢を見てたんなら、どうして警告してくれなかったんですかー!」
 佳人、絶叫。
 和やかなお正月。
 和やかでないのは、彼の心の中だけであるようである。


 これは、そう遠くない未来。
 折原家におこる、とても愉快でハッピーで。
 そんでもって、極々一部だけ、ほ〜んのちょっぴり不幸な。
 そんなお正月風景なのであった。



 <後書き…?>

 ここのところ、とらハのSSばかり書いていたせいか、久しぶりの折原家はちょっと難産気味でした。
 ほとんどオリキャラばかりのSSでもあり、どこがONEのSSだって気もしますが…

 それでは、皆様。
 こんな遅筆で稚拙なSS書きですが、本年もよろしくお願いいたします。



inserted by FC2 system