「幸せのかけら」 その2


匿名希望さん 作

 いつだって すぐそばにあった
 あの日から ずっと
 
 「う〜む…」
 目の前に広がるダンボールの群れを睨みながら、俺は唸っていた。
 ライトグリーンのカーペットの上に所狭しと並べられたそれは、牧草地の羊の群れに似ていなくもない。
 「牧羊犬をけしかけたら、自分でトラックに積み込まれてくれないものだろうか。」
 「それは無理だよ…」
 やや疲れたような声で、突っ込みが入る。
 「でたな、ダンボール羊を次々生み出す悪魔の羊飼いめ。」
 「浩平〜。」
 「…すまん。」
 心底あきれてるという口調で名前を呼ばれると、さすがに反省。

 春先、娘が生まれた。
 子どもが2人になり、さすがに手狭になった今のアパートから、一軒家に引っ越すことにしたのだが。

 「たかだか5年足らずしか生活してないのに、どうしてこんなに荷物があるんだ。」
 「不思議だよね。」

 あれから、がんばってトラックへ荷物を積み込み、アパートと新しい家を何回か往復して。
 運び込んだ荷物をある程度片付けて。
 何とか、明日からここで生活ができる様に整えたころには、すでに夜といっても差し支えない時間帯になっていた。

 「子どもたち、どうしてる?」
 さっきまではしゃいでた息子と、ぐずっていた娘の姿が見えない。
 「2階で寝てるわよ。」
 新しい我が家のオーナーが階段を下りながら、声をかけてくる。
 「すみません、由起子さん。本当に何から何まで。」
 「気にしない、気にしない。転勤になってこの家をどうしようって考えてた所だったし。あなたたちが借りてくれるんなら、ちょうどいいわ。」
 「そうそう。タダ同然とはいえ家賃を払う上に、家を維持までするんだ。こっちが、管理費をもらってもいいぐらいだぞ。」
 「あんたは、少しぐらい気にしなさい。そういうところは、二児の親になってもちっとも変わらないんだから。」
 苦笑まじりの由起子さんの声を聞きながら、あらためてリビングを眺める。
 「帰ってきたんだな…」
 俺たちは、しばし無言で過去の日々に思いをはせていた。

 同じ家に住みながら、すれ違ってばかりいた由起子さんとの食卓での会話。

 「久しぶりね、浩平。」
 「それは、一緒に暮らしてる甥にいうセリフじゃないと思うんだが…」

 朝に弱い俺を、文句を言いつつ毎朝起こしにきてくれた瑞佳の声。
 
 「ほらぁ、起きなさいよ。」
 「う〜ん、あと50ミリバーレル。」
 「何の単位なんだよ。」

 賑やかで、楽しかった毎日。

 「さてと。明日も仕事だし、そろそろ帰るわね。」
 夢から覚めたように、由起子さんがことさら明るく声を上げる。
 「明日って、日曜だろ。相変わらず、忙しいことで。」
 おどけたように返事をする俺に、ウインクをひとつ残して、由起子さんはあわただしく帰り支度をし始める。
 「夕食を一緒にと、思ってたんですけど。」
 「ごめんね、瑞佳ちゃん。それは、次の機会のお楽しみにしておくわ。」
 「そうですか。」
 「あ、そうだ。」
 残念そうな瑞佳をみて、思い出したように鞄を引っ掻き回す由起子さん。
 「ええっと、確か、この辺に…あった、あった。」
 紙袋を鞄から取り出す。
 「はい、これ。」
 「何だ?」
 「開けてのお楽しみ。じゃ、帰るわね。」
 紙袋を俺に押し付けるようにして手渡すと、さっさと玄関へ向かう。

 「は〜、相変わらずだね、由起子さん。」
 「だから嫁にいってる暇がないんだ。」
 「聞こえてるわよ、浩平。家賃倍額にしようかしら。」
 「ごめんなさい。」
 「わかればよろしい。」
 
 玄関で由起子さんを見送り、リビングへと戻ってきた俺達は、娘の授乳を済ませ、再び寝かしつけたあと、起きてきた息子と共に、いつもより遅い夕食をとった。

 「そういえば、由紀子さんは何をおいてったんだ?」
 食事の後、思い出して袋を開ける。
 真新しいフォトフレームの中に、少し色あせた何の変哲もない家族の写真が一枚。

 子どもの俺と、その手をひいている父と、生まれたばかりの妹を抱いた母。
 
 ただそれだけの写真。

 「ほら、浩平、もっとにっこり笑って。」
 「浩平のやつ、すっかり緊張してるぞ。いつもこのぐらい大人しいと楽なんだが。」
 「そういうお義兄さんは表情に締まりがなさすぎ。いくら女の子が生まれて嬉しいからって今からそれじゃ、先が思いやられるわね、姉さん。」
 「し〜、静かにして、由起子。せっかく気持ちよさそうに眠ってるんだから。」
 「うっ。い、いいからもっと集まってよ。ちゃんと入らないじゃない!」

 寄り添いあいながら幸せそうに微笑む両親と、眠っている妹と、少しだけ緊張した表情の俺。

 ただ、それだけの。
 本当に、ありふれた。

 …幸せな家族の写真。

 「おと〜さん、どっか痛いの?」
 滲む写真の向こう側で、息子の声がする。
 「違うのよ…」
 息子をそっと抱きしめながら囁く、瑞佳の声がする。
 
 幸せは
 いつだって すぐそばにあった
 あの日から ずっと

 少しだけ震える声で俺は告げる。
 
 「明日、みんなで写真をとろう。」

 あの日も
 今も
 これからも

 続いている
 続いていく証しに



 <後書き?>

 ああっ、浩平がらしくないって突っ込みが聞こえてきそうな気が思いっきりしてます〜。

 ま、それはこのシリーズではいつものことだから、おいといて(苦笑)。

 ある日の夕方。
 いつもの通り、仕事から帰ってきた私の目に、その光景がありました。

 ベビーカーに乗ってニコニコと笑っている娘と、それをひいている笑顔の祖母。
 その傍らには、やはり笑顔の祖父に手をひかれながら、お帰りなさいと言ってくれている嬉しそうな息子。

 ありふれた、けれど物凄く幸せな光景に、なんだか涙が出そうになって。
 そこからこの物語が生まれました。
 少しでも、伝わるものがあれば嬉しいのですが。 

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