Such a Lovely Place


匿名希望さん 作


 空がゆっくりと色を変えてゆく。
 蒼から紅へと。
 どこからともなく吹く風が、肌に心地良い。
 腕の中の紙袋を少し抱え直して、急ぐでもなく家路をたどる。
 仕事に出ている者、遊びに行っている者、友人宅で夏の課題に追われている者。
 それぞれ忙しげに去りゆく夏を追いかける家人たち。
 そして、少し遠くの街まで買物に出かけた恭也。 
 家に残っているのは、フィアッセただ一人。
 とはいえ、恭也は特に心配していない。
 親友と言うか、もはや悪友とも言うべき天災(天才にあらず)発明家の自信作「対・不法侵入者撃退装置 正式名称 『寝てても安心・泥棒なんて殲滅よ3号』」が作動中であるからだ。
 「殲滅」の2文字が、少々不安ではあるが。
 …不運な犠牲者が出ないことを祈るしかない。
 それにしても。
 傍らにフィアッセの姿がない。
 ただそれだけなのに、そのことが少し不思議でどこか落ち着かない。
 そんな自分に少し苦笑しながら、いつもなら恭也が出かける時には何も言わなくても一緒に玄関を出るフィアッセが、何だか今日はぼんやりとした瞳で見送っていたことを思い出す。
 
 いつか見たことがある瞳だった
 あれはいつのことだっただろう

 過ぎ行く夏を惜しむように命の限りに歌う蝉の声は、いつしか物寂しげな響きにかわっていた。
 茜空を見上げながら、ぼんやりと考える。
 
 そう、あれは…
 遠い昔、初めて出会った頃のことだ
 
 蝉の声を耳にしながら、恭也はいつしかゆっくりと想いをはせる。
 過去という思い出の中へ。


「高町恭也です」
 自分でもあまりにそっけないと思ってはいた。
 けれど、眼前に立つ少し年上の少女は、日本語ができると聞いていたものの、これまでブラウン管越しにしか見たことの無いような蜂蜜色の髪と、透き通った湖のような蒼い瞳をしていて。
 …正直に言えば、緊張していたのだと思う。
 せめて笑いかけることができればと内心あせりながらも、普段から子供らしくないと言われ、自分でも充分自覚していた程の無愛想ぶり。
 優しく笑いかけることなどできるはずも無かった。
「あ、あの…フィアッセ・クリステラです…」
 そっと名前だけを告げ、俯き加減にちらちらとこちらを伺うフィアッセ。
 やはり、怖がらせてしまった。
 睨むように見るのはやめた方がいいと頭のスミで理解しているものの、何故か目を離すことができず、何とかしなくてはとあせる気持ちだけが空回りする。
 そんなある種の緊張した空気をあっさり打ち破った人がいた。
「な〜に気取ってんだか」
 言葉とともに、微塵の躊躇いもなく後頭部に父、士郎の拳骨が降ってくる。
「痛い。いきなり何をするんだ、とーさん」
 多少は手加減してあったようでそれ程痛いわけではなかったが、いきなり拳骨というのは理不尽極まりない。
 しかし、それすらもあっさり聞き流し、父は熱弁をふるう。
「いいか、恭也。いくらフィアッセがかわいいからって、黙ったままじっと見つめているのは、はっきり言って男としてあまりにふがいないぞ。こ〜、何だ。会えて嬉しいですっとか、好きですっとか、大人になったら結婚して下さいっ、とか言えんのか!」
 …何を考えているのだろう。
 自分の父親ながら理解不能だった。
 しかし、少なくとも後半は絶対に違うということだけはよくわかった。
「相変わらずとーさんの考えることはよく分からないけど、別に気取ってるつもりはないし、じっと見つめてたつもりもない」
「可愛げのない返事だなぁ、恭也。全く、その無愛想ぶりは誰に似たんだか」
「少なくともとーさんじゃないことは確かだと思う」
 時々、この父親と血がつながっているのか、本気で疑問に思うときがある。
「あ、あの」
 いきなり眼前で繰り広げられた親子ゲンカにちょっと唖然とするフィアッセ。
 同じく少しの間ぼうっと二人のやり取りを見ていた美由希が。
「おとーさんもお兄ちゃんもずるい!!みゆきもなかまに入れてよぉ!!」
 もめている様子が楽しそうに見えたらしく、すっかり仲間はずれにされたとむくれ始めた。
「あ、いや、美由希、これは別に遊んでいるわけじゃないぞ」
 慌ててとりなす父。
 少しあっけにとられていたフィアッセが両手で口元を覆うのがちらりと目の端に映る。
 どうやらうろたえている父の様子を見て笑いそうになり、それを懸命にこらえているようだった。
「ごほん、ではあらためて。俺の手を握っている素晴らしく可愛い女の子が、目に入れても痛くない程大切な娘の美由希で、俺の隣にいる美しい女性が、目どころか口の中に入れても痛くない、と言うか思わず食べてしまいたくなるほど素晴らしい奥さんの桃子だ。で、こっちの無愛想なのが、不承の息子恭也」
「えっと、たかまち、みゆき、です」
「高町桃子よ、よろしくね」
 少し緊張気味に、ぴょこんと頭を下げる美由希と、親しみを込めて笑いかける母。
「よろしくお願いします」
 はにかみながらも笑顔でそう挨拶するフィアッセ。
 そんな和やかな雰囲気をよそに。
「紹介の仕方に差を感じる」
「気のせいだ」
 やけにきっぱり言う父は、しっかり大人気なかった。
 とはいうものの、このまま引き下がるのも癪にさわる。
 さっきの拳骨のこともある。
 何とか反撃をしたいところだった。
 互いの隙をうかがい、父との間にそこはかとない緊張感が漂う。
「ふふふ」
 不意に場違いなほど明るい笑い声が聞こえた。
 振り返り声の主をさがす。
 それは、フィアッセの小さな口からこぼれだしていた。
「フィアッセ?」
「ご、ごめんなさい、ふふふ。あ、あんまりおかしくて…」
 驚いた。
 内気に俯いていた数瞬前のフィアッセとは別人のような笑顔に、知らずに目を奪われる。
「あはは」
 美由希が笑い出した。
「あはははっ」
 続いて母も笑い出し。
「は、ははは…」
 ばつが悪そうに苦笑いする父。
「何がおかしかったんだ?」
 美由希をなだめた父のようにあたふたとうろたえたならいざ知らず、笑われるようなことをした覚えは無い。
 それなのに笑われてしまった決まりの悪さと、思いがけず見せてくれた笑顔に内心どぎまぎとして。
 憮然としたまま、打ち解けている四人を眺めていた。
 その後、照れくささから無愛想な口ぶりになってしまうことを早々に見破られると。
 初対面の内気な様子がうそのように気軽に話し掛けてくるようになったフィアッセと、ぼつぼつと会話らしいものを交わすようになって。
 フィアッセとともに過ごした日々は、それから何年たっても思い出す度に胸の奥底をひっそりとあたためる宝物になった。

 例えば、照りつける太陽の下での海水浴。

「おまたせ〜!」
 言葉とともに、更衣室から母が出てくる。
「うんうん、さすが桃子!抜群のプロポーションだなぁ。思わず惚れ直したよ」
 水着姿の母を、父はこれ以上下げようが無いほど目じりを下げながら褒めちぎる。
「やだ〜、も〜、士郎さんったらっ!!!お世辞なんていっても何にもでないわよぉ」
 照れながらも、母もまんざらでもないようだった。
「それに〜、士郎さんだって素敵よぉ」
「いや〜、はっはっはっ。愛する桃子にそう言われると、照れるじゃないか」
 際限なく誉めあっている、と言うよりどう見てもいちゃついている二人。
 諦め半分、あきれ半分で眺めていると。
「あの…恭也。どう、かな?」
 そんな声がしたので振り返る。
 そこには、はにかんだように微笑むフィアッセがいた。
 思考が停止する。
 普段は服に隠されていた部分が水着姿になることではっきりとわかって。
「あ…その…」
 意識すればするほど、そこにばかり視線がいってしまい、言葉らしい言葉を発することもできず、ただ見つめてしまう。
 不躾な視線が不快だったのだろうか。
 だんだんフィアッセの頬が赤くなっていく。
 それに気づいた自分の頬も赤くなっていく。
 慌てて下を向いたものの、今度はすらりとした足が目に入ってしまい更にどぎまぎしてしまう。
「どうしたの〜?」
 どんどん赤くなり黙って俯き合う、そんな二人を不思議そうに眺める美由希。
 ひとしきりいちゃついた両親に、散々からかわれたのは言うまでもない。

 例えば、降り積もる雪の下でのかまくら作り。

 一面降り積もる雪を見ようと、いつものことながら唐突に父が言い出して、北の街へ出かけた。
「なあ、恭也。日本の雪国のわびさびを、フィアッセに教えてあげたいと思わんか」
「唐突に何を」
「思うだろ、そうだろ、うんうん。と、言う訳でかまくらを作るぞ、恭也!」
 鄙びた風情のある旅館へ着くなりそう宣言した父。
 相変わらず、思いつきで行動する人だ。
 フィアッセのためと言ってはいるが、多分半分以上は自分がやりたいからだろう。
 どこからつっこんでよいものかと皆が戸惑っているうちに、父は手回し良く道具を借りてきていた。
「よく貸してくれたわね〜」
 苦笑しながら母が言うと。
「古い知り合いがやってるんだよ、ここ。だから、ちょっとぐらいの無理はきくのさ。さて、準備はできたぞ。恭也も降りてきて手伝え」
 手伝いたいと言う美由希とフィアッセに風邪をひくといけないからと、父が暖かい室内で見ているように言う。
 母が二人に何かを言って、部屋を出て行くのを目にしてから暫くすると。
「見ろ、この鮮やかな道具さばきを!」
 等と、父が得意げに雪を積み上げ始めたので。
「歳を考えないと、明日筋肉痛で動けなくなると思う」
 と冷静に忠告する。
「年寄り扱いするな!お前こそ筋肉痛になったって明日の鍛錬を休ませてやらんぞ!」
「…」
 無言で父が積み上げたより高く雪を積み上げる。
「!ふ、ふふふ…」
 無気味に笑った後、すぐさまものすごい勢いで雪を積み上げる父。
 負けるわけにはいかなかった。
 双方無言でかまくら作りに励んだ結果。
 出来上がったかまくらは全員が余裕で入れるような代物になっていた。
 寒いはずの雪景色。
 出来上がったかまくらの中は意外に暖かかった。
「ご苦労さま、恭也」
 さすがに息が切れ、シャベルを持ったまま座り込んでいると、フィアッセが隣にしゃがみ込み、微笑みながら手に持ったタオルでそっと額の汗をぬぐってくれた。
 くすぐったくて照れくさくて。でも、その気づかいが嬉しくて。
「ありがとう」
 礼を言いながら、口元が緩むのがわかった。
 笑顔のフィアッセを見ていると、あたたかな何かが心を満たしていく。
「ご苦労様、あなた。さあ、皆でおやつにしましょうか」
 そう声をかけて母が焼きあがったばかりのアップル・パイを差し出す。席をはずしていたのは、どうやらこれを用意していた為らしい。
 待ちくたびれて眠ってしまっている美由希をそっと起こして、かまくらの中で少し遅いお茶の時間となった。
 甘いものに甘い飲み物は少し苦手だったので緑茶をもらう。
 美由希はココア、母とフィアッセはミルクティーを選んだ。
 そして甘党の父には、ミルクティーとアップルパイに加え、甘酒とお汁粉。
 見ているだけで胸焼けをおこしているというのに。
「うまい、うまいよ、桃子!それに、さすが良く気がつくなぁ。やっぱりかまくらの中で食べるものといえば、甘酒とお汁粉だよな〜」
 等と幸せそうな顔をしてぺろりと平らげていた。
 かまくらを一番楽しんでいるのは、間違いなく父だと確信した。

 父の休暇のたびに、日本にフィアッセを呼んでいたが、時には英国に呼ばれることもあった。

「紹介するね、アイリーン。こちらが、高町恭也。でね、恭也、こちらがアイリーン・ノア」
 一番の親友だとアイリーンさんを紹介されたのもこの頃だった。
「初めまして。高町恭也です」
 簡素極まりない自己紹介に、アイリーンさんは笑みを浮かべてこう答えてくれた。
「アイリーン・ノア、アイリーンでいいよ、キョウヤ」
 ちらりとフィアッセを見るアイリーンさん。
 すると、その微笑が違うものに変わる。
「それにしても…ふ〜ん、キミがあの、キョウヤか。フィアッセにいろいろ聞いてて、会うの楽しみにしてたんだよ」
 それは、まるでいたずらをする子どものような表情で。
「ア、アイリーン!」
 何故かフィアッセが慌てていた。
 一瞬、悪口でも言われていたのだろうかと思ったが、フィアッセに限ってそんなことをするはずも無いと思い直す。
 にやにやと笑いながら、英語でフィアッセになにやら話し掛けているアイリーンさん。
 意味ははわからないが、どうやらフィアッセがからかわれているらしい。
 早口の英語で赤くなったフィアッセが何やらアイリーンさんにまくし立て、それを聞いてさらに笑みを深くしたアイリーンさんが一言、二言英語で返事を返す。
 英語のわからない美由希以外の人たち、つまりティオレさんとアルバートさんと父と母は、そんな二人のやり取りに笑みを浮かべている。
 …英語を少し勉強しておくべきだっただろうか。
 ひとしきりアイリーンと話をしたフィアッセが。
「えっと、あの、お、お茶の用意をしてくるねっ。アイリーン、お願いだから変なこと言わないでね」
 赤い顔のまま慌てた様子で部屋を出て行く。
「あ、みゆきも行く〜」
 美由希も慌ててフィアッセのあとについて行った。
 そんなフィアッセ達をにこやかというか、にやにや笑って見送ったアイリーンさんが急に真面目な顔をして話し掛けてきた。
「ね、キョウヤ。フィアッセを頼むよ。あの娘、優しすぎてなんでもかんでも自分のせいにしちゃうとこあるからさ」
「…知ってます」
「ん、OK。その瞳が誓いの証と受け取っておくよ」
 安心したように笑うアイリーンさんと、部屋に残っていた両親とフィアッセの両親に。
 そう、確かにあの時誓ったのだ。

 それからもいろんな季節をフィアッセとともにすごした。

 どの季節も楽しかったが、とりわけ楽しかったのが夏だった。
 花火、浴衣、カキ氷、西瓜割り、セミとりに魚釣り。
 初めてのことに瞳を輝かせるフィアッセを見ているのが楽しくて嬉しかった。
 同時にとりわけ辛かったのが夏の終わりで。
 長い休みが終わり、もうすぐフィアッセが帰ってしまうと思うと、蝉の声さえ辛く思えた。
 それはフィアッセも同じだったようで、夏の夕暮れは決まってどこか物憂げな瞳をしていた。

 ああ、そうか
 あれは夏の終わりの瞳で
 それから…

 辛いことがあった。
 信じていた世界が崩れるような出来事が。
 果たされなかった約束だけを残して、変わり果てた姿で帰国した父。
 それでも気丈に振舞う母と。
 帰らぬ父を思って泣く美由希と。
 ……自分を責めつづけるフィアッセ。

 違う
 フィアッセのせいじゃない
 フィアッセのせいであるはずが無い

 だから
 そんなに哀しまないで

 けれど。
 閉ざされた心に想いは届かず。
 閉ざされた心に声は響かず。

 力なき己を…恥じた。

 以来、力を求めて走りつづけた。
 冷静さを失い、闇雲に修行に明け暮れる。

 力が欲しい
 早く大人になりたい
 父のような男になりたい
 父すら超える男になりたい

 そして、張り詰めた糸が切れるように。
 全ては失われた。

 けれどそれでも。
 月日は流れる。
 いくつかの偶然と人の優しさに触れ。
 失われたものも幾ばくかは戻り。
 不完全ながらも取り戻したものを抱えて。
 日々は過ぎていく。
 
 懐かしい便りが届いた。
 見覚えのある優しい人柄そのままの字は、喉を痛めた愛娘の日本での療養を願い出ていた。
 そして、いよいよフィアッセが来るという前日の夜。
 電話を終えた母が、
「忙しいだろうから迎えに来なくてもいいよなんて。フィアッセってば、もうっ、相変わらず気を使いすぎなんだから」
 と少し憤慨したように言う。
 久しぶりに会うのだから、ちゃんと迎えに行ってあげたい。
 そう思う母の気持ちはよくわかったが、確かに店が忙しいのも事実で。
「俺が行くよ」
 思わず口を突いて出た言葉に一瞬目を丸くした母は、けれど優しい笑みを浮かべ、
「じゃあ、頼んじゃおうっと」
 そう言った。

 直接会うのは、ずいぶん久しぶりだった。
 人ごみの中に、ちらりと蜂蜜色の髪が見え、声をかけようとして。
 声が…出なかった。
 知っているはずの少女はどこにもいなくて。
 そこにいたのは、光をやどした長い髪と蒼空を映した瞳の……見知らぬ女性。
 街のざわめきが遠くなり、自分の鼓動だけがやけにはっきりと聞こえる。
 どれぐらい、その場で惚けていただろう。
 それすらわからぬほど平静さを欠いていた。
 不安な表情を浮かべたまま、何かを決意したように掌を握り締め、トランクを持ち直し歩き出そうとしたフィアッセに。
「すまない、少し遅れた」
 やっと声をかけることができた。
 あふれ出ようとする感情は自分でも説明のつかないもので。
 それを無理やり押し込めた声は、初めてフィアッセにあった時以上に無愛想なものだった。
 我ながら進歩がないと、内心苦々しく思う。
 一応到着時間を知らせていたとはいえ、迎えが来るとは思っていなかったのだろう。
 振り返ったフィアッセは、ひどく驚いたような表情をしていた。
 その瞳に、昔と変わらぬ光を見つけて少し己を取り戻し。
「おかえり、フィアッセ」
 そう声をかける。
 優しさゆえに傷つき続けたフィアッセをこれ以上傷つけないように。
 不器用な自分にできる、精一杯の優しい声と笑顔で。
 祈るように。
 声を、かけた。
「ただいま…恭也…」
 かすれた声で呟くフィアッセ。
 心細さのかけらが、瞳を揺らしている。
 それを見つめる自分の心も。
 けれどその時はまだ。
 この想いを何と呼ぶのかわからずにいた。

 程なくフィアッセが翠屋を手伝うようになった。
 少女の頃の内気さが嘘のように、朗らかに楽しげに翠屋でウエイトレスをする。
「ああ〜、今日も商売繁盛でめいっぱい働いたわねぇ」
「うん、忙しかったね」
「う〜ん、ランチタイムのアルバイト、もう少し増やそうかしら」
「ねえ、桃子」
「ん?何、フィアッセ」
「忙しかったけど、今日も楽しかったね」
「!もうっ、フィアッセってばいい子なんだからっ!」
 忙しい一日が終わり、心地良い疲れの中、交わされる会話。
 じゃれあう二人は、まるで仲の良い母娘のようであり、姉妹のようだった。
 
 明るい母と、弟子でもある妹と、しっかり者の末妹と、元気な妹分たち。そして、優しい姉と過ごす毎日。
 ずっと前から同じ時間を同じ場所で過ごしてきたように、他愛無い話に笑い、食事をし、時おり優しい歌を聴く。
 いつか終わる永い永い休暇に似ていたそれは。
 漆黒から純白に変わった翼と、優しい歌で幕を閉じる。
 誓いは果たされ、腕の中で微笑む…大切な人。 


「ただいま…フィアッセ?」
 留守番をしていたはずのフィアッセは、縁側でうたたねをしていた。
 部屋からタオルケットを持って来てそっとかける。
 夢を見ているのだろうか。
 唇が恭也の名前をなぞって、笑みの形に変わる。
 愛おしくて、切なくて、守りたくて。
 不意に湧きあがった感情に押されるように、そっと手を伸ばしさらさらと長い髪をなでる。
 恭也の唇に自然に笑みが浮かぶ。
「こんなところでいつまでもうたたねをしていると、風邪をひくぞ」
 気の利いた言葉一つ、かけることはできないけれど。
 いつでも、いつまでも、君を。

 夢の続きを見るように、フィアッセがゆっくりと微笑みながら目を覚ます。

「おかえり、恭也」
「ただいま、フィアッセ」

 微笑む君がいる
 ここが俺の 大切な場所

 それはまぎれもなく 
 俺の守りたい日々




<後書き…?>

 え〜、見て頂ければおわかりかと思いますが。
 このSSは、拙作「うたたね」の恭也サイドのお話となります。
 あの時、こんな時、実は寡黙な表情の裏側で恭也はこ〜んなことを考えていたのでした(笑)
 それにしても、自分で書いといてなんですが、幼い恭也って…本当に子どもだろうか(苦笑)
 何だか、書いてるうちにフィアッセのSSより恋愛の雰囲気がこいというか、恭也、らしくもなく情熱的になってしまいました。
 皆様のイメージする彼、つまりはゲーム本編の彼とはかけ離れているかも知れませんが、あくまでこれは私、匿名希望のイメージする恭也でございますので…えっと、えっと。
 ごめんなさい(爆)
 
 こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。



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