酒と涙と夜桜と


匿名希望さん 作





 恋なんて、ホントどこに転がっているかわからないもので…

 仕事を終えたあとによくおとずれるオデン屋のカウンター席に腰掛けて、今夜もリスティは熱々のオデンを肴に酒を飲んでいた。
 よく商売がなりたつなぁと思うほど、客の姿のないオデン屋はやはりというか今日もリスティ以外の客の姿はない。
 時折、店のオヤジと喋りながらゆるゆるとコップ酒を飲む、それはいつもと同じだけれど。
 以前と違うのは…

 結局、臆病すぎたんだと思った。
 からかった時にみせる、困ったような笑顔。
 それを見るのが好きだと思い込んでいた。
 『カレの心の中にはカノジョがいるから』
 そんな風に気付かないうちに自分の心にストップをかけて、やっと自覚したと思えば失恋とくる。
 まったく…バカみたいだ。

 そんな風に、始まる前に終わってしまった恋について考えたりする事ぐらいで。
「そういやお嬢、最近あの無口な男前をつれてこないなぁ」
 まるで考えていた事を見透かされたようなオヤジの言葉に。
「っ!ごほっ、さ、酒がっ、ごほっ!」
 ぼんやりとしたままコップ酒に口をつけようとしてむせ込むリスティ。
「と、突然何だよ!」
「いやあ、何かっつーとあの男前を連れてきちゃあ、無理やり酒に付きあわせてただろ?なのに、最近お嬢ひとりばかりだから、ちと気になってな」
「…たんだよ」
 ぼそぼそっと小さい声で呟く。
「はぁ?」
「っ、だから、ちょっと誘えなくなったんだよっ」
 肝心の理由は述べず、ただ事実だけをなかば叫ぶように告げる。
 その表情に浮かぶ、思慕、後悔、苦悩、寂寥。
 そんなものを汲み取るとさらりとオヤジは話題を変えた。
「ほう、そうかい。ま、そういうこともあるわな。そりゃあそうと、お嬢、ちょっと聞いてくれよ」
 そうオヤジが言いかけたところへ店の奥から、酒のケースを抱えた青年が入ってきた。
「親父、こいつはこっちでいいのか?」
「こらバカ息子!店にいるときは、大将と呼べといってるだろうが!」
「ああそうだった、悪い。けど、たいしてかわら…って、ああっ!!」
 ケースを床に下ろしかけた青年が、ふと顔を上げてカウンター席に座っているリスティを視界に入れた途端、大声をあげる。
「ん?」
 その声に、酒を飲むのを止めて顔をあげたリスティもまた。
「さっきの青年じゃないか!何でここに!?」
 2人がなぜ顔見知りなのか。話は、少し前にさかのぼる。

「ったく、さっさと諦めればいいものをっ!」
 夕闇の迫る中、ビル街の隙間を走り抜ける男を追うリスティ。
 男は、先日起こったテロ未遂事件に関わっていると目されていた。
 3日前にやっと潜伏している場所を突き止めたにもかかわらず踏み込もうとした矢先に逃げ出され、この追跡劇を繰り広げる羽目になっている。
「この先は、行き止まりのはずっ!」
 勝利を確信したリスティの油断をあざ笑うかのように、いきなりビルの勝手口が開いてゴミ箱らしきものを両手に抱えた人影が見えた。
「まずいっ!」
 突然、眼前に刃物を持った男が現れ何事かわからず硬直している青年。
「仕方ないっ!」
 光が零れる。金色の翼が広がると、力が男を直撃した。
「ぐわっ」
 崩れ落ちる男と、何がなにやらわからずに呆然とする青年をちらり見て、渋い顔をするリスティ。
「あああ〜、一般人の前でやっちゃったよ」
「あ、あの…?」
「私は警察の関係者。で、こっちの男は、ま、平たく言えば犯人。すまないが、それ以上は喋れないし、今見た事も出来れば忘れてくれ」
 それだけ告げると、逃走者確保の連絡をつけてほどなく現れた警察と共に男を連れて去っていくリスティ。
 後に残された青年は、ただ呆然とその場に突っ立っていて。
 ようやく我に返って、ビル内のレストランの調理場に戻るとゴミ出し一つにいつまでかかっているんだと叱責を受けたのだった。

「あの」
「君が見た事については、あの時も言ったけど説明は出来ない」
 何か言いかけた青年の言葉を遮り、そう告げるリスティ。
「いえ、そうじゃなくて。あの時はありがとうございました」
 力についていろいろ詮索されるかと思って身構えたリスティは、笑顔で例を述べる青年に拍子抜けする。
「あ、ああ、別に礼を言われる事じゃないさ」
「何だ、お嬢。うちのバカ息子と顔見知りだったのかい?」
 オヤジが意外そうな顔でそう言うと。
「息子?この青年がオヤジさんの?」
 綺麗に禿げ上がった頭に豪快な性格、素晴らしくごつい体格のオヤジと。
 やたら人懐っこそうな笑顔を浮かべた、ひ弱ではなさそうだがひょろりと背の高い青年と。
 二人の間を何度も視線を往復させたリスティが、軽く驚きの声をあげる。
「親子だって!?」
「そんなに驚く事ですか?まあ、あんまり似てないとは思いますが」
「こいつは、カカア似なんだよ、お嬢」
「ふ〜ん、よっぽど美人で、しかもかなりの物好きだったんだ、オヤジさんの奥さんって」
「何気にキツイなぁ、お嬢は。ま、いいけどな。で、さっきも言いかけたんだが、このバカ息子、今日、仕事場のレストランを首になっちまってな。次の仕事先が見つかるまでこき使う予定だから、まあ、お嬢もよろしく頼む」
「バカ息子って…俺には柴田哲平って立派な名前があるんだから、バカ息子はないだろ、バカ息子は」
「バカをバカといって何が悪い。大体、ゴミ出しに30分もかけてしかも、出したはずのゴミを手に持ったまま仕事場に戻るヤツをバカといわずに何て言うんだ、このバカ息子」
 何気に始まった親子喧嘩をぼうっときいていたリスティだが、あることに気がついて口をはさむ。
「首になったって、もしかしてあの時のせいかい?」
 少し決まり悪げに頭をかいて、リスティに視線を合わせずに答える哲平。
「いや、その。あの後、ちょっと呆然としてて…で、気がついたら出しにきたゴミ箱持ったまま調理場に戻っちゃいまして。たるんでるってんで、あっさり首になりました」
 さらっと言うが、それの責任の一端は少しだけ自分にあるような、ないような気がしなくもないリスティ。
「それは…えっと、悪かった」
「あ、いや、謝らないで下さいよ。ぼうっとしてた俺が悪いんですし。それに…」
「それに?」
「ぼうっとしてたのは驚いたせいもあるんですが、あの時の、えっと。名前、伺ってもいいですか?」
「ん?ああ、私はリスティ。リスティ・槙原だよ。で?」
 名前を告げ、続きを促す。
「あの時のリスティさん、凄く綺麗だったから見とれてしまってたんですよ」
 あっさりと。何の邪心もないような笑顔でそう言われて。
「なっ!」
「おいおい、このバカ息子。店でお客さんを口説くんじゃない」
「口説くって、そうじゃない…とも言い切れないかなぁ」
 段々と紅くなっていく頬は、さっきから飲んでいる酒のせいか、それとも。

 そんなやり取りがあってからも、たびたびリスティはオヤジのオデンと日本酒を求めて店に立ち寄り。
 いつも必ずいる哲平をからかったり、なんだか一途な視線を受けてしまってらしくもなくうろたえてみたり。

 そんな日が続いた、ある日。
 何故か、一緒に商店街を歩く哲平とリスティの姿があった。
「何でこうなってるんだ」
「そりゃ、俺とリスティさんがデートしてるからですよ」
「誰と誰がデートだって?」
「俺とリスティさん!」
 皮肉に素で返されると、ちょっと挫けそうになる。
 二人が、デート(というと激しくリスティは否定するが)をしているのには訳がある。

「明日は休みでしかも予定はなし。今日はとことん飲むぞ!!」
 そううっかり宣言してしまったリスティの言葉を聞き逃す哲平ではなく。
「じゃあ、明日一緒に映画でも行きませんか?」
「誰が誰と映画に行くって?」
「俺とリスティさん」
「却下」
「とっておきの酒があるんですけど、飲みません?」
「…映画だけだぞ」
「やった!明日はリスティさんとデートだ」
 浮かれる哲平に、早まったかなぁと酒のせいでぼんやりし始めた頭で考えるリスティ。
 って、ちょっと待て、聞き捨てならない言葉が入ってたぞ。
「デートってなんだ、デートって」
「ああ、ちょっとした言葉のあやというか、俺の期待する心をあらわす詩的表現というか。あまり深く考えないで下さいよ。ささ、リスティさん、今日は俺のおごりです。ぐっとやってください、ぐっと」
「まぁいいか…うん、うまい」
 上手い酒と上手い肴。ついでに飲ませ上手な哲平がいて。
 気がついたら、さざなみ寮の自分の部屋だった。
 朝になって、哲平との約束をどうするか、やっぱり無視をしておこうかなどと考え始めていると。
「リスティ、お客さんだよ」
 ドアをノックする音と共に、管理人であり養父でもある耕介の声がした。
 脳裏を走る激しいまでの嫌な予感に、慌てて上着だけ引っ掛けてリビングに下りてみれば、ちゃっかりお茶など飲みながら養母の愛と談笑する哲平の姿があった。
 がっくり。
 リビングのドアにもたれながら脱力するリスティ。
「おはようございます、リスティさん」
 物音に振り返り、そこにリスティの姿を見た哲平は、にっこりと満面の笑顔で朝の挨拶。
「あ、ああ、おはようって、何でここにいるんだ!!」
 危うくペースに巻き込まれそうになりながら、どうにか体制を立て直す。
「やだなぁ、夕べ酔っ払ったリスティさんをここまでお送りしたの覚えてなかったんですか?」
 綺麗さっぱり忘れてた。
 そういえば何となく、そんな気もしなくもないような気が今してきたような…
「リスティ、ちゃんとお礼を言わなくてはダメよ」
 やんわりと愛にくぎをさされ、しぶしぶ礼を言う。
「ああ、その…送ってくれてありがとう」
「それから、リスティ。今日、柴田さんと映画を見に行く約束をしたんですって?ほら、早く着替えていらっしゃい」
 しらばっくれるという選択肢が今消えた。
「余計な事を…」
 にっこりと笑う哲平の笑顔が、妙に小憎らしい。
 耕介に対してはなんだかんだと言いくるめる自信はあるが、愛に対してはどうやっても勝てない。
 以前反抗しようとした事があったが、あの大きな瞳でじっと見つめられそれはそれは悲しそうに。
「リスティ…」
 と名を呼ばれ完全に白旗をあげる羽目になった。
 誰にも、無条件降伏せざるをえない人がいる、ということである。
「諦めろ、リスティ。愛さんには俺だって勝てない」
 というか、勝つ気ないだろ耕介は。そんな突込みを口に出さずにした後。
「わかったよ。ちょっと待っててくれ、今起きたばかりなんだ。着替えてくる」
 それだけ告げると、自室へ戻ろうとするリスティ。
「平日で学生組がいないのが不幸中の幸いってとこかね。真雪さんも取材旅行中だし」
 のんびりした口調で耕介が呟く。
 さざなみ寮最年長の寮生にして、売れっ子漫画家たる真雪がいたら、壮絶にからかわれたあげくむこう三ヶ月お笑いのネタとマンガのネタを提供しつづける羽目になる事は想像に難くない。
「耕介、真雪たちに喋ったらどうなるかわかってるよね?」
 自室へ戻る途中で、リスティは忘れずにキッチンの耕介にくぎをさす。
「大丈夫、喋らないよ。俺だってまだ命は惜しいからね」
 にやりと笑う耕介の返事を背中に聞いて自室に消える。
 余談だが、後日、例によって実に天然な愛の不用意な一言
「そういえば、リスティ。この間の…え〜と、柴田さんって言ったかしら?あの男性とお付き合いしてるの?」
 により、耕介へのお願い(脅迫)が水泡と化したことは言うまでもない。
 さらに、それによって耕介が黒こげとなった事もまた当然といえば当然の事であった。合掌。

 で、そんな朝のやり取りのあと、にこにこと嬉しそうな愛とにやにや笑いを浮かべた耕介に見送られ映画館へ向かう二人。
 結論から言えば、映画はそれなりに面白かった。
 ばかばかしいほど派手なアクションと、コメディタッチのストーリー。
 最後はもちろん、王道中の王道で主人公とヒロインがしっかと抱き合ってのハッピーエンド。
 何も考えずに楽しむには、まあ、こういうのも悪くないか。
 映画の内容について、ああだこうだと喋りかけてくる哲平と会話する事も不本意ながら楽しかった。
「ところで、リスティさん。腹減ってません?」
「そう言えば朝食とってるヒマなかったな」
 じろりとその元凶を睨みつけるリスティ。
「じゃあ、おすすめのお店があるんですけど行きませんか?洋菓子メインの喫茶店なんですけど、ランチ系も結構充実してるんですよ」
 にこにこ。笑顔でそう答える哲平。
「って、全然こたえてないし」
「はい?」
「…何でもないよ。そこでいいけど、哲平のおごりだろうね」
「もちろんです!さ、行きましょう!」
 さりげなく伸ばされた手は、もちろん無視。
「リスティさ〜ん…」
「さあ、さっさと案内してくれ。私はお腹が非常に空いてるんだ」
 情けない声を、これまたさっくりと無視して促す。
 しょぼんと肩を落とす仕草が、何だか、そう何だか妙におかしくて。
 少しだけ。かわいいなと思ってしまった。
 胸にあたたかいものが込み上げてくる。

 だから。
 余計に辛かったのかもしれない。

「この方向は、まさか…」
 見覚えのある通り。
「あそこですよ、リスティさん」
 哲平が指差す先は、今、世界でいちばん逢いたくて…逢いたくない人がいるかもしれない場所。
「哲平、あの店は」
 そう言いかけた時、店の前にいた女性がこちらに気付いた。
「リスティ、久しぶり!」
 曇りのない笑顔でそう話し掛けてきたフィアッセに。
「あ、ああ、久しぶり」
 とっさに笑顔を作って、返事を返すリスティ。
「知ってるお店だったんですか?」
 きょとんとしながらリスティに話し掛ける哲平を見て、いたずらっぽく笑うフィアッセ。
「もしかしてデートだったりした?」
「っ!そうじゃなっ!い、いや、その」
 むきになるのは、いつもの自分らしくない。不自然になり過ぎないように、辛うじてごまかすように言葉をにごす。
「どうしたのリスティ?」
「いや、何でもない」
「そう?ね、今日はお店に寄っていってくれるの?恭也も美由希もいるよ。リスティ来るの久しぶりだから、恭也も喜ぶよ?」
 他意はないだろう。けれどその一言が今は。
「いや、今日は前を通りかかっただけ。また今度ゆっくり寄らせてもらうよ」
 片手をあげ、さよならを告げるとさっさと歩き出すリスティ。
「リスティさん、待ってくださいよ!」
 哲平の声にもふりかえらない。

 今はまだ逢いたくない。逢えば、きっと…
 恭也。
 ボクは結構ひきずるタイプらしい。
 
 その後、適当なファミレスで気まずい空気のまま食事をとって。
 結局、哲平のオヤジの店、つまりいつものオデン屋で酒を飲む事になった。

 どうにも盛り上がらない空気を懸命に盛り上げようと話しかける哲平だが、リスティは翠屋の店頭でのニアミス以来、心ここにあらずという風で。
 仕方なく、一緒に黙って酒を飲む。
「おい、バカ息子。仕事もしないで客と一緒になって酒を飲むやつがあるか」
「どうせ、リスティさん以外お客さんなんていないじゃないか」
 カウンター席に座って黙ったまま酒をあおるリスティと、何度となくそんなリスティに話しかけて失敗している息子を見比べ、盛大にため息をついてから。
「…まあ、確かにそうだな。ああもういいや。暖簾下げとくから、二人で気がすむまで飲んでてくれ」
 それだけ告げると、さっさと帰り支度をし始める。
「いうまでもないがちゃんと後片付けしとけよ、バカ息子」
「わかった。ありがと、オヤジ」
「大将と呼べ、大将と。じゃあな、あんまり飲みすぎんなよ」
 二人きりになると、余計に沈黙が重い。
「あの、リスティさん…?」
 意を決して声をかける哲平の言葉を遮るように。
「桜見ながら酒飲もう、哲平。夜桜を肴に酒を飲む!こんなとこに閉じこもって酒飲んでるから思考が沈むんだ」
 こんなところって、うちの店なんですがここ。ちょっと、トホホな哲平の心中をよそに。
「桜だ、桜、夜桜見に行くぞ!」
「あ、あの、もしかして酔って」
 言い終わらないうちに、ぐにゃりと視界がゆがんで。
 瞬きするほどの間で、風景が変わる。
 さっきまで、店の中にいた筈が今は。
「うわぁ…」
 見上げる哲平の視界いっぱいに、咲き誇る桜の花、花、花。
 それは、月明かりとリスティの金色の翼、そしてそこから零れる光によって淡く光り輝いていた。
「綺麗…だ」
「そうだな」
「いえ、桜も綺麗なんですけど。翼をひろげたリスティさんが綺麗だなって」
 いつか聞いた言葉は、けれどあの時よりもずっと熱をおびていて。
「っ!からかうのは止めてくれ」
 少しうろたえ気味に哲平から視線を外すリスティ。
「からかってませんよ。俺、初めて逢った時から凄く綺麗な人だなって思ってました」
 いつもは人懐っこい笑顔を浮かべている顔が、今は怖いほど真剣で。

 これ以上…聞いてはいけない

「店で話してて、どんどん惹かれていって」
 視線は痛いほど真っ直ぐで。

 今はまだ…ダメだ

「翠屋へ寄ろうとした後から、理由はよくわからないけど落ち込んでるリスティさんを見て、俺も辛くて」

 その先は…聞きたくない

「だから、はっきり自覚したんです」

 やめろ…やめてくれ

「リスティさん、あなたが好きです」

 なぜ、その言葉を言うのが哲平なんだ!!

「好き…?好きだって?何も知らないくせに」
 もう少し時間がたてば、恭也のことを過去に出来たかもしれない。
 実際、哲平といる時間は楽しかった。
 恭也のことも少しずつ忘れられるような気がしていた。
「リスティ…さん?」
 やつあたりだと、わかっていた。
 わかっているのに、言葉が止められない。
「翼をひろげた私が綺麗だって?この翼、いやこの力はそんな優しいもんじゃない!こいつで、人だって殺せるんだぞっ!!」

 光が、落ちた。

 かるく地面を焦がしたそれは、紛れもなくリスティの力で。
 声もなく立ち尽くす哲平に、さらに言葉の刃を突きつける。
「たやすく人を殺せる力を持つ私を、それでも好きだというのか?」
 今まで見た事もないような冷たい笑みを浮かべるリスティを、蒼白になりながらしっかりと見つめて哲平は答える。
「それでも好きです!!」
 冷笑が崩れた。
「っ!!バカかおまえは!怖くないとでも言うのか、この力を!」
「怖いに決まってるでしょう!!」
「だったら!」
「でも!それでも好きなものは仕方ないじゃないですか!!初めて逢った時からリスティさんには翼があって、それがどういうものなのかは今もよくわかんないですけど!それでも好きなんだから仕方ないじゃないですか!!」
「哲、平…」
 震えながら力説している哲平は、ちっとも格好良くなんかなくて。
「は…ははは…むちゃくちゃだよ、それ」
 少し笑えて。
「リスティさん…?」
 でも何だかあたたかくて。
「ちょっと胸貸してくれ」
「へ?」
 間の抜けた返事をする哲平の胸に、ぽすっと顔を押し付けて。
 少しだけ…泣いた。

 Bye、恭也

 うろたえながらもそっと頭をなでる哲平の掌の感覚が、優しくて、嬉しくて。
 また少し…泣いた。

 それから、二人が一気に恋人同士になったかといえば。
「リスティさん、今度の休みいつですか?また映画にでも行きませんか?」
「却下」
「リスティさ〜ん!」
 実のところ、あまり変わらなかったりする。
「ああ、そんな捨てられた子犬みたいな目をするんじゃないよ、まったく。わかったよ、映画も食事も酒も全部おごりなら付き合ってやるよ」
 いや、そうでもない…か?
「やったっ!それじゃあさっそく、ホテルの予約を!」
「するんじゃないっ!!」

 気がつけば、あの日の痛みは薄れていて
 哲平の言葉や行動に怒ったり、呆れたり、笑ったり
 何気ない仕草や眼差しに…高鳴る胸を自覚しているボクがいる

「リスティさん」
「うん?」
「大好きですよ」
「っ!」
「何となく言いたくなって、言ってみました」
「…バカ」

 ホント…恋なんて、どこに転がっているかわからない



 <後書き…?>

 え〜、これのどこがとらハ3のSSだって言うつっこみは…ごめんなさ〜い(涙)
 そんでもって、リスティがらしくないというつっこみも…勘弁してください(涙×2)

 これは言い訳なのですが。
 拙作「Bitter Bitter」を書き上げた後。
 どうにかしてこのリスティを幸せにしてあげたいっ!と思い込んだのが始まりで。
 オリキャラが出て、しかも恭也にふられたあとにヒロインとくっつくストーリーがどうにも受け入れがたいという方も、もちろんいらっしゃると思います。というか、大半がそうだとは思います。
 でも、恭也はたった一人です。
 恭也と想いをかわすことが出来なかったヒロインは、恋愛以外の方向で幸せになるしかないのでしょうか。
 そんな風に思ってしまったところから、このSSは生まれました。
 途中で出てきたフィアッセが、微妙に嫌な役回りになっちゃったような気がする事はちょっと…ですが、それ以外は総じて、楽しんで書くことが出来ました。
 
 ですから、その。
 このSSをうっかり読んでしまって、不快な思いをされたリスティファンの方がみえましたら、ごめんなさい。

 こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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