匿名希望さん 作
すでに時計の針は、深夜の1時をまわっていた。
クーラーの稼動音と、時計が時を刻む音だけが深夜の寝室にながれている。
さっきまで派手に泣きつづけていた娘の留華は、泣きつかれたのか腕の中でようやくウトウトとし始めていた。
しかし、ここで安心してはいけない。
うっかりベビーベッドにおろそうものなら、たちまちけたたましく泣き始め、30分の苦労が水の泡なのだ。
思わずため息がでる。
いったい何時まで揺すっていれば寝てくれるのだろう。
答えの出ない問題を、寝不足でクラクラする頭のすみで考える。
ふと、隣に目をやると、浩平は鼾をかいて不自然な姿勢で居眠りをしていた。
あまり大きな声を出すと、せっかく眠りかけている娘を起こしかねない。
だから、努めて優しく声をかける。
「ちゃんと布団の上で寝ないと、かえって疲れるわよ。」
鼾が大きくなった。
「浩平、クーラーの真下だと風邪をひくってば。」
まだ起きない。
仕事で疲れているのだと、頭では理解している。
が、いらいらする気持ちはとめられない。
一瞬、殺意に似た感情が湧きあがりかける。
まるでそれを察知したかのように、腕の中の娘が目を閉じたまま身を強張らせた。
「れ、冷静に、冷静に…」
深呼吸。
タイミングを見計らった様に、いっそう大きな鼾をかいて寝返りを打つ浩平。
どげしっ!
娘を抱いたまま、無言で浩平に蹴りを入れる留美。
気絶しない程度に、しかし、決して無視できない痛みを感じる程度の強さ。
器用なものである。
「な、何だ!?」
飛び起きる浩平。
「眠りたくても眠れない人間の側で、何鼾かいて気持ちよさそうに居眠りしてるのよー!!」
「だからって、蹴りを入れることはないだろ!」
「うるさ〜い!!」
至極まともな抗議をする浩平だが、寝不足で理性のとんだ留美にはまったく意味がなかった…
あれほどぐずっていた留華は、この大騒ぎの中で何時の間にか眠っている。
案外、将来大物になるかもしれない。
翌日、体のあちこちに湿布をはった浩平が、平和に眠りこける留美と留華を起こさないように、そそくさと朝食の準備をし、オムツを干す姿が目撃されたとか、されなかったとか…
《続く》 《戻る》