「折原家の育児日記 4」


匿名希望さん 作



 澄み切った空気が、どこか神妙な雰囲気を醸し出している。
 つけっぱなしのTVからおなじみの音楽が流れ、早朝の神社の賑わいが映し出されていた。

 元旦。
 新しい年の幕開けであり、一年で一番めでたい日のはずである、多分。

 「ごほっ、ごほっ!!」

 そのめでたいはずの日に響く、めでたくない音。

 「ふぁっくしゅん!!」

 なんともコメディなくしゃみの主は、かつて乙女であろうとした女性のものであった。
 …乙女の欠片もないくしゃみだったが。

 「ううぅ〜…。」

 くわえたデジタル体温計は、38℃を表示したまま止まっている。
 額のぬれタオルは、すでにお湯で絞ったように温かい。
 
 要するに、風邪、である。
 
 「しかし、あれだ。」
 隣の部屋で、のんびりとTVなど見ている浩平がつぶやく。
 「元旦早々、風邪をひいて寝込むというのもなかなか貴重な体験だと思うぞ。」
 「ごほっ、ごほっ!!」
 「つーか、あれだ。年末からひいてるんだから、二年越しと言う訳か。」
 「ふぁっくしゅん、ふぁっくしゅんっっ!!」
 「惜しかったよなぁ。一昨年から昨年だったら、もっとすごかったんだが。世紀をまたがる風邪、な〜んて。」

 ゆら〜り。

 2日程まともに食べてない体で、ふらつきながら立ち上がる。
 さながら、ゾンビのように。

 「こういう時にぴったりの表現があったぞ、何て言うんだったけか。え〜と…そうそう、鬼の霍乱!!」

 ぐわししぃぃ。

 いきなり伸びてきた腕に、首をしめられる。
 
 「うつしてやる…」

 しゃがれたそれは、地獄の底から響くような声。
 はっきり言って、かなり怖い。
 というか、一足飛びに生命の危機、である。

 「ごほっ、この、ごほっ、苦しみを、ふぁっくしょん、ともに、ごほっごほっごほっ!!」

 撒き散らされる風邪のウイルス。
 かつて、1年程とある場所で薄着のまま立ち尽くした経験のある留美をも屈服させた風邪は、浩平をたやすく再起不能にしてしまえるに違いない。
 だから、誠心誠意謝る。
 それはもう、心から謝る。
 魂込めて謝る。

 …謝り方に多少、難があったが。

 「すみません、私が悪うございました〜!だから、風邪をうつすのはやめてくれぇぇ!!」
 「却下!!ごほっ、ごほっ、ふぁっくしゅん!!」
 「ま、まて、今二人とも倒れたら、誰が留華を見にいくんだ!」
 「うっ!仕方ないわね、ごほっ、うつすのはあきらめるわ、くっしゅん!」

 年末から寝込んでいる留美。
 休みに入った浩平が、留華の面倒を見るはずだったが。

 「まかせろ!」
 そういった浩平が、留華のミルクを熱湯で作って飲ませようとした時点であきらめた…
 「何てことしてるのよ、あんたは!っくしゅん!」
 「いや、冬はミルクだって熱いほうがおいしいと思ってさ。」
 「赤ちゃんが飲めるかぁぁ!!」

 37.5℃だった熱がきっちり38℃まであがった。

 結局、車で20分程の距離にある、留美の実家へ留華を預けることにした。
 
 「はいはい、お安い御用よ。ちゃんと留華ちゃんは、面倒みるから、早く風邪治しなさいって伝えといてね。」
 満面の笑みで留華を受け取る義母。
 その後ろで、うろうろしている義父は、あぶなっかしいからと、なかなか留華を触らせてもらえない。
 その姿が、何となく未来の自分の姿に重なるような気がしなくもない浩平だった。

 1日1回は必要な物を届けるのとともに、留華の様子を見にいくという役わりをおっている浩平が倒れたら、さすがにまずいというぐらいの判断能力は、留美にも残っていたらしい。
 しぶしぶながら、風邪をうつすことをあきらめる。

 「う〜、バカなことやってたら、くっしゅん、熱があがってきた気がする…」
 「おとなしく寝てないからだぞ。」
 苦笑しながら、ふらつく留美を布団に寝かせる。
 「ありがと。」
 「どういたしまして。さて、おかゆぐらいなら食べられるか?レトルト、温めてやろうか?」
 「ん〜、今はいい。」
 「それじゃ、俺は留華の様子みてくるから。」
 「お願いね…」

 ドアを閉める音がして、浩平が出て行く気配がした。

 「TV、つけっぱなしじゃない…」
 一人でも寂しくないようにという、配慮なのかもしれない、浩平なりの。
 そう思って、微かに微笑むと目を閉じる。

 「しまった、TV消し忘れた。まぁ、いいか、いつものことだし。」
 実態はこんなものだが。

 正月休みも終わる頃、ようやく留美の風邪も完治した。

 「ん〜、よく寝た!」
 「まさしく、寝正月だったな。」

 久しぶりに、留華も戻ってきて。
 「寂しくなかった、留華?」
 にこにこ。
 「別に寂しくなかったらしいわね…」
 ちょっぴり寂しい留美だった。
 
 「さて、たまった洗濯物から片付けようかな。」
 「あ、それなら、俺が洗濯機に入れてまわしておいたぞ。」
 「へぇ〜、どういう風の吹き回しかしら。」
 「俺だって、やるときはやるぞ。」
 「ありがとう。」

 新しい年の幕開けは、散々だったけど、こういう風に、時々浩平の優しさが再確認できるのも悪くない。
 傍らには、かわいい留華が笑っていて。
 何て幸せなんだろう、私は。

 暖かな気持ちを抱えて、洗濯機から洗濯物を取りだそうとした留美は。

 「何、これ〜!!」
 悲鳴とも罵声とも取れる声を上げた。

 「な、なんだ、どうしたっ!?」
 慌てて駆け込んできた浩平が見たものは。
 細かくて白いゼリー状の物体が大量に付着した衣類を、洗濯機から引っ張り出しかけたまま呆然と固まっている留美の姿だった。
 
 「こ〜う〜へ〜い〜…」

 地のそこよりも、もっと深い場所から響いてくるような声。
 確実に起こるであろう破滅の予感。

 「ま、待て、留美!これは、手違いだ、誰かの陰謀だ!そ、そうだ、きっと我が家の幸せを妬む住井の仕業に違いない!!」
 「そんなわけあるかぁぁ!!」

 紙オムツと衣類とを、一緒に洗濯してしまったために起こった悲劇だった…

 逃げ回る浩平。
 新年早々、地獄の鬼もかくやと言う表情で追い掛け回す留美。
 とても楽しそうに、二人を見ながら笑っている留華。
 何か、一家の今年の運勢を象徴するかのような出来事であった。

 「どうして、いつもこうなのよ〜!!」


<後書き?>

 明けまして、おめでとうございます。
 と言いつつ、作中の留美達はちっともめでたくないようですけど(笑)。

 さて、今回も半分くらいは実話です。私の場合は、本当に世紀をまたがって風邪をひいてしまいましたが(爆)。
 あと、紙オムツを洗濯機で回すと、作中のようにとても悲惨なことになります(経験済み…涙)。
 さらに、そこに固形物のアレが入っていた日には…

 ちっとも育児日記になってない気もしますが、これからも細々と書き続ける予定で…続けられるとよいのですけど(苦笑)。

 何はともあれ。

 本年もよろしくお願いいたします。

 匿名希望、でした。

《続く》    《戻る》 inserted by FC2 system