折原家の育児日記 番外編


匿名希望さん 作

 澄み切った空気がどこか暖かく感じられる。
 聖なる御子の誕生を祝うクリスマスイブ。
 どこからか、その誕生を祝う歌声が聞こえてくる。
 そんな静かで穏やかな夜。

 「クリスマスって何の日か知ってるか、留華?」
 膝の上にのせた娘に優しく語り掛ける浩平。
 傍らに眠る赤子。
 「うん、サンタさんがプレゼントくれる日だよね」
 嬉しそうに笑いながら答える留華。

 リビングから聞こえる微笑ましい会話をBGMに、柔らかく微笑みながら、料理を続ける留美。
 
 「う〜ん、惜しい!半分だけ○だ」
 「え〜、半分だけ〜?」
 「そう、半分。正しくは、良い子にだけサンタさんがプレゼントをくれるんだ」
 「じゃあ、良い子じゃない子は〜?」
 「良い子じゃない子は……」
 すうっと、息を飲んで暗〜い調子で声を続ける浩平。
 「サンタさんは白い袋を持ってるだろ?」
 「う、うん」
 急に声の調子が変わった浩平に、ちょっとおびえる留華。
 「あの中にはな、おお〜きな斧が入ってるんだ。それで、悪い子の枕元に立つと、それを取り出して……」
 うつむく浩平。
 「……」
 すでに声も出ない留華。
 「悪い子は何処だ〜と呟いたあと、その斧を振りかぶり……」
 がばあっと顔を上げて。
 「悪い子はここかぁってっ」

 がつんっ!

 「ぐおっ!」

 飛んできた鍋の蓋が、フリスビーよろしく浩平の後頭部に直撃。
 「クリスマスに子どもを怖がらせる親が何処にいるかぁー!!」
 「ぐがががぁ〜」
 悶絶して、床をのたうち回る浩平。
 「な〜んだ、また、おと〜さんのお話しか〜」
 安心して、明るく笑う留華。
 浩平を心配する様子は、きっぱりすっぱり無い。
 浩平が、留美曰くタチの悪い冗談をとばし、それを聞いた留美にどつき倒される。
 それは、もはや日常風景でしかない訳で。
 そんな何気に、ばいおれんすな日常が、留華の人格形成にどう影響するのかを如実に物語っていたりする。
 
 かくて始まるクリスマスの夜は、静かさとは無縁のものであった。
 
 「ああっ、手で食べちゃダメ!」
 「もう遅いぞ、留美…」
 並べられた料理の中で、特に手で食べて欲しくない物No1に輝くであろう、スパゲティナポリタン。
 真っ直ぐに手を突っ込んで一心不乱に食べているのは、折原家の二つ目の台風。
 もとい。
 正しく二人の血を引く男の子、修平くん(もうすぐ1歳)、その人であった。
 「おか〜さん、留華も食べて良い〜?」
 「って言った端から食べてるしっ。しかもどうしてお箸で食べるのよ、留華!」
 挟みきれないパスタが、ぶらんぶらんと空中をさまよった後、留華の洋服に直撃。
 白いセーターに、見事なオレンジの線を作っていた。
 「あああ……ケチャップは落ちにくいのにぃぃ〜!」
 「修平!チキンはバットじゃないぞ!」
 「叫んでないで止めてよ、浩平!」

 二人の子どもたちは、我先にとテーブルの上に置かれたご馳走に手を伸ばし。
 それを静止しようとする浩平と留美。
 いつものように、いつどこへ何を食べたかわからない夕食。
 クリスマスらしい雰囲気を味わう間も無いまま、嵐のような夕食が終わった。

 「あ、あとはケーキだけね」
 めちゃくちゃになったリビングを何とか片付け終わって、よろめきながら留美が飲み物とケーキを運んでくる。
 「ケーキっケーキ!クリスマスには〜!ケーキを〜!食べるんだ〜ぞ〜!」
 もりあがりまくって、なんだか訳のわからない節で歌い踊る留華。
 「うー、うー!」
 何かよくわからないまま一緒になってもりあがってる修平。
 「なんか、嫌な予感がするんだが……」
 漠然とした不安に身を振るわせる浩平。
 「き、気のせいよ、浩平。さ、留華、修平、ケーキよ〜」

 「うわ〜!」
 「う〜!」
 白い粉砂糖のふりかけられた、煙突のある家はチョコレート。
 そりに乗ったサンタとその橇をひくトナカイは、かわいらしいマジパン細工。
 目にも鮮やかに飾り付けられた、赤いイチゴと白い生クリーム。
 二人のお子様たちの興奮、ここに極まれり。
 「留華ね、留華ね、サンタさんのとこが欲しい!」
 「ちょっと待ってね、今切り分けるから」
 「じゃあじゃあ、おと〜さんは家のあるとこ!」

 ……訂正。
 お子様プラス浩平もはしゃぎまくってたりする。

 「ダメ、それも留華の!」
 「え〜、じゃあ、おと〜さんの分は?」
 「ないも〜ん!」
 「留華のケチ!」
 「って、浩平まで子どもに戻ってどうするのよ」
 何だか同レベルの二人の会話に、軽く頭痛を覚える留美。
 「う〜!う〜!」
 「はいはい、忘れてないわよ、修平の分も。なるべくクリーム無しで、イチゴのとこあげるからね」
 「留美、お皿はあるけどフォークが無いぞ?」
 「あ、忘れてたわ。ごめん、ちょっと見ててね、浩平」
 念のため、ケーキナイフだけは子どもたちの手の届かないところにおいて、キッチンへフォークを取りに行く。
 
 ナイフにさえ届かなければ大丈夫。
 そこに、留美と浩平の油断があったのかもしれない。

 だから。

 ほんの少しだけ浩平が目を離した隙に、悲劇はその幕を揚げてしまった。
 
 「あ!?」
 「ああ〜!!」
 「あう〜!」
 三者三様の感情が入り混じった声がリビングに響いて。
 
 「何、どうしたの!?」
 慌てて戻った留美が見たものは。
 サイドテーブルにつかまり立ちして。
 クリスマスケーキのど真ん中に。
 妙に嬉しそうに手を突っ込んだ息子の姿であった。

 「手形つきー!?」
 
 呆然とする留美の目の前で、その生クリームまみれの手を振り回し、自分の頭に擦りつけ、あげくに。

 こけた。

 「ケーキっ!」
 も、一緒に。

 「せっかく片付けた部屋が……」

 四方八方に飛び散った生クリーム。
 デコレーションも、つぶれたり砕けたりしてあちこちに散らばっている。
 床にはこぼれたジュースの水溜り。
 そのなんとも言いがたい部屋のありさまを、呆然と見詰める留美。

 楽しみにしてたケーキを台無しにされた留華の泣き声と、こけた拍子に後頭部を打った修平の泣き声。
 物凄い音量の泣き声二重奏をBGMに、聖なる夜は更けていく。

 「何ていうか……戦場のメリークリスマス?」
 「あほっ!!」
 「ぐはっ!!」

 余計な一言を言った為に、本日2度目の天誅をくらった浩平は。
 二人のお子様たちのご機嫌をなおすべく、雪の降る深夜の町を、ケーキを探して疾走するはめになった。

 「け、ケーキ屋は何処だ−!!」

 やっと開いてるケーキ屋を見つけ、ケーキを購入したときには、遭難一歩手前。

 ちなみに。

 寒さで真っ赤になった鼻を見た留華に。
 「赤鼻のトナカイさんだ〜!」
 と大笑いされ密かに涙したのであった。

 「クリスマスなんて、大嫌いだ〜!」

 <後書き…?>

 性懲りも無く書いてしまいました、その後の折原家です。
 一人ぐらいは読んでくれるといいのですが。
 ……きっぱりさっぱり忘れられてたりしたら(涙)
 あと、どうでも良いことですが、一応この時点で留華は2歳7ヶ月ぐらい、修平は11ヶ月ぐらいになってます。


《続く》    《戻る》 inserted by FC2 system