匿名希望さん 作
桜が咲いている。
今日の良き日を、祝福するように咲いている。
そりゃもう、見事に咲いている。
道の両側にこれでもかっ、これでもかっていうぐらい咲いている。
満開、ここに極れりと言う位に咲いている。
…いいかげんしつこくなってきたので終了。
ともかく、その桜並木をゆっくりと歩く親子三人連れ。
言わずと知れた、折原家の浩平、留美、留華である。
今日は、留華の幼稚園の入園式。
晴れに日にふさわしく、ちょっぴり気取ってスーツに身を包む浩平と留美。
真中の留華が、幼稚園指定の体操服なので、ちょっぴり浮いててご愛嬌。
ちなみに修平は、留美の両親宅へお預かり。
「幼稚園、楽しみね、留華」
「うん」
「たくさん友達できるといいわね」
しばし、考え込む留華。
「えっとね、友達じゃないよ。子分って言うんだよ。ね、お父さん!」
桜の舞い散る中。
無言で浩平のネクタイを締め上げる留美であった。
さて。
そんなほのぼのとしたやり取りのあと。
やってきた幼稚園は、同じような格好をした子供達と父兄で、ざわざわとした空気に満ちていた。
その中に見知った顔を見つける留美。
「おはよう、瑞佳」
「あ、おはよ〜、留美、浩平」
ほんわりと、周りの空気をあたためるような笑みを浮かべて挨拶をかえす女性。
浩平の幼馴染であり、留美の親友でもある長森瑞佳、その人である。
「おう、おはよう、長森。っと、おまえんとこの、婿養子はどうした?」
「今日は仕事なの。それにしても、いいかげんに名前覚えてあげてよね」
苦笑しながら、答える瑞佳。
「男の名前なんて、覚える必要もないし、覚えたくもないから覚えない」
「浩平〜」
「あんたね〜」
あきれたような瑞佳と留美と、どこ吹く風と言った風情の浩平。
しばし、そんな大人の様子を眺めていた留華であったが。
「あのね、瑞佳おばちゃん」
見上げていた視線を、瑞佳に向けて問い掛ける。
「ん?なあに?」
留華の視線にあわせるべく、すっとしゃがんで、優しくたずね返す瑞佳。
「この前、お父さんが言ってたんだけど」
その一言に、嫌な予感をひしひしと感じて、とっさに止めようとした留美の手をかいくぐり。
「おばちゃんと、お母さんって、お父さんを取り合ってー、ちでちをあらうあらそいをしたって、ほんと?」
笑顔で爆弾投下。
瞬間、先ほどまでとは違うざわめきがあたりを満たしていく。
「ま、奥さん、聞きました?」
「血で血をあらう争いですって」
ひそひそ。
「大人しそうな方達ですのに」
「人は見かけによりませんわね」
「本当に」
ざわざわ。
「わぁぁ〜、な、何てこと言うんだよ〜、浩平〜!」
「言葉、昔に戻ってるぞ、長森」
パニックにおちいってる瑞佳とは対照的に、いたって冷静に突っ込む浩平。
さらに。
「それで、100日間のふぁいとのすえに、だぶるのっくあうとになって、夕日にむかって、えいえんのゆーじょーをちかったんだよね!」
なぜか断定。
「ゆ、夕日じゃ沈んじゃうもん!」
「つっこみ所ははそこじゃないでしょ、瑞佳!」
留美もしっかり混乱してたりする。
「100日間も、愛憎劇を繰り広げてたそうですよ」
「怖いですわねぇ」
「包丁とか、振り回してたりしたのね、きっと」
「あたしの男に手を出した女はみんな死ぬのよ!とか」
「ワイドショーで放送されてね」
「インタビューされたのかしら、ご近所の方。私もされてみたかったわ」
ぼそぼそ。
混乱している間に、噂は明後日どころか、とんでもない方向に爆走しているようだ。
「まあまあ、長森も留美も落ち着け。早く否定しないと、どんどん凄い噂になっていくぞ」
「元凶が、何一人冷静になってるかぁー!!」
「ぐ、ぐるじい…」
これでもかこれでもかとネクタイを引っ張られ、次第に顔色がやばくなっていく浩平。
その留美の態度が、ますます噂に、信憑性の尾ひれをつけていく。
いや、尾ひれどころか、羽までつけていきそうな勢いである。
とはいえ。
薄れ行く意識の中で、やはりネクタイをするなら、蝶ネクタイの方が、締め上げられる危険がない分安全だったなと考えているあたり、どこまでも浩平なのであった。
「もう二人ともやめようよ〜、みんな見てるよ〜」
間に挟まれた、というか巻き込まれまくっている瑞佳には気の毒であるが。
さて、大人達をひとしきりパニックに陥らせたことで満足して、ふらふらと視線をさまよわせていた留華だったが。
瑞佳の足元に、隠れるように引っ付いている男の子に気がついた。
「あ!佳人(よしと)みっけ!!」
嬉しそうに、指さす留華。
びくぅぅ。
思いっきりおびえた様子で、何とか留華の視界から隠れようと、瑞佳の足にしがみつく佳人。
獲物を見つけたネコと、何とか逃げようとするネズミの如く。
「あ、ちょっと、佳人!」
「留華、止めなさい!」
母親二人の静止の声がかかるまで、瑞佳の足を基点にしてグルグル回る子どもたち。
「ええ〜、もう終わり〜?つまんないよ〜!」
「こ、こわかったようぅ」
幼稚園での上下関係が、なにげに決定した瞬間であった。
「新入園のお友達と、ご父兄の皆さんは、クラス名簿をご確認の上、講堂へお入りください」
園長とおぼしき、初老の男性の声に、ぞろぞろと人波が動き出す。
「いつまでも馬鹿やってないで、行くわよ浩平、留華」
「ああ」
「は〜い」
「私たちも行こうか、佳人」
「うん」
運命のクラス分け。
「あ、留華ちゃんと同じクラスだね、佳人」
「えぇ!」
悪魔はどうやら、本当にいるらしい。
佳人はそう思った。
「本当。仲良くするのよ、留華」
「うん!」
子分、じゃなくて、お友達が一緒で嬉しいなぁ。
留華はそう思った。
ともあれ。
講堂で入園式が始まった。
園長の祝辞と、お決まりの来賓の挨拶等など。
大人にはともかく、子ども達に耐えられるはずもなく。
あちらで、ごそごそ。
こちらで、もそもそ。
「仕方ありませんね」
苦笑気味に眺めていた、園長だったが。
一人の園児が、母親が目を離した隙に来賓の一人に駆け寄ったのを見て、少し慌てる。
その少し小太りの来賓は、次期市長候補との呼び声も高い、うるさ型の議員であった。
「何を…っ!?」
止める間もなかった。
「お父さーん、やっぱりカツラだったよぉぉ!!」
議員を、まじまじと見つめた子どもが、破滅の言葉を大声で告げる。
一瞬の静寂。
そして。
大爆笑。
真っ青になる園長の視界のすみで、何故か爽やかな笑顔で頷いている父親らしき人物。
公然の秘密を、大声でばらされた議員は、子ども相手に怒ることもできず。
気分が悪くなったからと、怒りで顔を赤黒く染めながら帰っていった。
折原留華。
この幼稚園に、永く語り継がれるであろう問題児。
その記念すべき第一歩であったと、後にしみじみと思い返す園長であった。
それから。
平謝りしながら、隣に立つ浩平をど突き倒す留美。
冷や汗を流しながら、とりあえず笑顔を浮かべ、まあまあ子供のやったことですからとか何とかとりなす園長と、担任教諭。
遠巻きに眺める父兄たち。
という一幕のあと、波乱のうちに入園式が終了する。
だが。
その後も更なる騒動が留美を襲う。
…まったく容赦なしに。
教室に入った途端、佳人から玩具を奪い。
「これも、それも、留華のー!!」
「留華ちゃんが、ブロックでぶったー!」
「留ー華!!」
記念の紅白饅頭が配られるが早いか、その場で食べようとして。
「いーまーたーべーるーのー!!」
「留華ぁっ!」
すっかり飽きて帰りたがり。
「もう、帰るー!!」
「って、スーツに上らないで、留華!」
ぐったり。
慣れないスーツ姿ということもあり、へろへろ、疲労困憊、もう勘弁して、の留美であった。
「どうして、入園式でこんなに疲れなきゃならないのよ…」
「浩平の子どもだもんね、留華ちゃん。このぐらいですんで良かったよ…」
「うっ」
浩平の幼馴染としての、悲哀と気苦労。
それが瑞佳の言葉に垣間見え、短くうめいて言葉を無くす留美だった。
「まずまずのデビューだったな、留華。明日からは、もっと頑張るんだぞ!」
「うん!」
「って、何を指導しとるかぁ!!」
「うごぉ!」
不用意な一言に、張り飛ばされる浩平。
疲れきっていても、浩平をどつく体力は別らしい。
「おかーさん、こわいようぅ」
明日からの、波乱に満ちた幼稚園生活に怯える佳人。
「大丈夫、慣れたら楽しいよ」
過去の経験50%、諦め50%の笑顔で答える瑞佳。
「多分…」
たぶんって、なんだろう。
佳人には理解できなかった。
明日から。
きっと、楽しい幼稚園…?
<あとがき…?>
という訳で、長森登場です。
苗字が変わってないのは、作中でも浩平が言ってますが、当作品の中では婿をとったことになってるからです。
決して、私が苗字を思いつかなかったわけじゃないです(苦笑)
というより、浩平が瑞佳を苗字以外で呼ぶのが、どうもぴんとこなかったというか。
彼女の夫については、イメージだけありまして。
ごく普通の真面目な(浩平とは正反対の)優しくて穏やかな男性で、瑞佳とは、似た者夫婦という感じです。
佳人は、そんな二人の子どもだけに、どちらかというと引っ込み思案のおとなしい子です。
これから、親子二代にわたって折原家に振り回される運命(笑)
…強く生きてね(爆)
それにしても、留華、大暴走。
なんだか勝手に大暴れしてくれました。
当初の設定では、もう少し、大人しい子だったはずなんですが(苦笑)
こんなへっぽこSSですが。
少しでも、笑っていただけたら、幸いです。
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