匿名希望さん 作
年末年始の怒涛のイベントラッシュが一息ついた1月末ごろ。
商店街の次なるターゲット、もとい、イベントとは。
古式ゆかしき伝統行事、「豆まき」!!
逃げ惑う鬼どもを叩き潰せよ、正義の豆で!!
……ではなくて。
そう、聖なる乙女の為の熱きイベント、St.Valentine Day!
それは、まさしく戦いであった。
奇襲、夜襲、待ち伏せ、兵糧攻めに、騙し討ち。
ありとあらゆる策謀を駆使し、地形を読み、時を待ち、奇跡をその手にもぎ取らんと神仏にさえ祈る。
それでも駄目なら、体力勝負とばかりに力技すら用いて。
勝利せよ、乙女。
その激しく熱い戦いの名は……St.Valentine Day!!
や、それ、去年やったし。
まあ、ともかく戦いから離れてっと。
海鳴の町で、100人の乙女に聞きました。
「来るべきバレンタイン、手作り以外でプレゼントするなら何処のお店のチョコが一番?」
の問いにダントツ一位でランクインのお店、「翠屋」。
本場で修業したパティシエの作る魅惑のスイーツ、こだわりのミルクティ、充実ランチメニュー、それでいて高すぎないお値段設定で今や海鳴以外にもその名をとどろかせているその翠屋の前でうろうろする人影。
ここにバレンタインを間近に控え、苦悩する一人の乙女(?)の姿があった。
「やっぱり、やめとこうかな」
ため息つきつつドアを開けるべきか否かと悩みに悩んでいるのは、さざなみ寮の永遠の不良娘、リスティ・槙原その人である。
何事においてもわりとさっぱり、というかクールでドライな性格のリスティだが、こと恋愛となるとそうはいかない様で。
昨年、この翠屋店長の息子にして無口なナイスガイ、高町恭也にチョコを渡そうとしたところ、翠屋勤務の麗しのチーフウエイトレス、フィアッセ・クリステラに嬉しそうにチョコを貰っている彼の姿を見た、まさにその瞬間、自分の気持ちに気がついてチョコを渡すに渡せず苦い涙を飲んだという経緯がある。
今年こそはと勢い込んで、かつて愛した男である恭也にチョコを……って違う?
もう恭也の事は吹っ切った?
ふむ。
ということは……まさかっ!?
ただいまリスティの心の中で人気急上昇中。年下の飲み友達、笑顔がチャームポイントの柴田哲平クンへのチョコですかーっ!?
「なんだか、ひどく不愉快な事が聞こえたような気がしたんだけど」
す、するどい。
「だから、別に本命って訳じゃないんだし、たかが義理チョコの一つじゃないか。そうさ、休みの日に映画奢ってくれたり、食事に誘ってくれたり、そのあと哲平んとこで只酒飲ませてもらったりしてるんだし。そのお礼なんだ、ああ、そうさ」
どうやら、自分の中での自分に対する弁護は終了したらしい。
「よし!」
無駄に気合を入れて、ドアを開け、翠屋店内へと足を運ぶ。
「あ、リスティさん、いらっしゃい〜」
たまたまカウンターに顔を出していた翠屋店長の高町桃子が親しげに声をかける。
「こんにちは、桃子さん」
店内は、いつもに比べると人が少ない。店員もあまりよく知らないアルバイトばかりで、出来れば顔を合わせたくないなぁと思っていた、フィアッセも恭也もいない。
「Chance、かな」
レジ横に期間中特別に設置されているバレンタインチョコのワゴンを、何気ない表情を装って覗き込むリスティ。
「あまり高いのだと誤解されそうだし、かといってあまり安すぎるのもお礼としては不十分だろうし……」
「愛情あふれる怒涛の本命チョコならこれがお勧めですよっ!」
「うわっ!!」
耳元でいきなり声をかけられ飛び上がるリスティ。
振り返ると、やたら豪華なチョコを手にニコニコと満面の笑顔を浮かべた桃子がいた。
「あの年下の彼にあげるんですよね〜?ときめく乙女心を翠屋のチョコとともに、情熱プレゼント!う〜ん、素敵!貴女の想いが熱すぎてチョコを溶かさないようにしてくださいね!」
「いや、あの」
「ええっ!そんな!!熱い想いが弾けて、飛んで!ああ、そんなとこまでぇ〜!!」
「あ、あの、だから桃子さん?」
聞いちゃいないし。
困惑するリスティをよそに、一人でヒートアップする桃子。
何を想像したのやらくねくねと体を動かすその様子は、傍から見ると思いっきりアレだ。
困惑を通り越して何だか泣きたくなってきたリスティ。
救いの手は思わぬところからやってきた。
「店長、何やってるんですか!さっさと戻ってきてください!ディナータイムの仕込み、まだまだたくさん残ってるんですからね!」
「松っちゃん?はっ、今私は何を?あ、あはは……あの、リスティさん、どうぞごゆっくり見ていってくださいねっ」
松尾女史の声に我に返った桃子は、そそくさと厨房に戻っていく。
「助かった……それにしても、何でチョコが哲平への物だってわかったんだろう」
しばし視線を空中にさまよわせ、過去を振り返るリスティだったがある出来事に思い当たる。
それは雨の降り続く季節の事だった。
食事と只酒につい釣られ、梅雨の晴れ間の街へと繰り出したリスティ。
傍らでデートだデートだとはしゃぐ哲平に、仕方ない奴だなぁと苦笑い。
途中まではよかったのだけれど、やっぱり降ってきた雨。
見る見る間に雨足は強くなり、仕方なく一軒のお店の前で雨やどり。
見慣れた街並み、最近すっかり見慣れた哲平の顔。
でも、それは雨に濡れたせいなのか、少しいつもと違ってて。
だから。
少しずつ近づいてくる、その瞳から目が離せなくて。
二人の距離が限りなくゼロに近づいた、まさにその時。
「リスティが男の人とっ!え、ええぇ〜!!!」
目の前に顔を赤らめ絶叫している、不肖の妹フィリスがいたりした。
そのあと、必死でごまかして半ば無理やり連れ込んだ翠屋。
もちろん、口止め料代わりのケーキセットの代金は哲平持ち。
しばし三人で取り留めのない話をした後、トイレへと席を立った哲平の後姿をちらりと視界に入れながら、フィリスは言う。
「でも、よかった。リスティが元気になって。しばらく落ち込んでたから心配してたのよ」
「落ち込んでただって?何言ってるんだ、ボクはいつも元気さ」
心外だという表情をつくるリスティを見て、くすりと笑うフィリス。
「あら、リスティ。私が気づいてないと思ってたの?去年のバレンタインで恭也君にチョコを」
「Stop!!」
あわてて話を遮るリスティ。その様子に、フィリスは一瞬笑みを深くしながらも、すっと真面目な表情になる。
「本当に心配してたんだからね……姉さん」
「フィリス……」
めったにしない「姉さん」という呼び方に、フィリスが心から自分を案じてくれていたことに気づいて、少し神妙な表情になる。
「でも、よかった。彼、柴田クン、本当にリスティの事を好きなのね」
「っ!!」
「見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいストレートなんだもの」
くすくす笑うフィリスに、照れくささからつい仏頂面になるリスティ。
「ただいま〜リスティさんって、あれ?」
哲平が何の邪心もないような笑顔をリスティに向けると、一瞬で彼女の頬が紅くなって。
それを悟られまいとそっぽを向くリスティに、首を傾げる哲平。
なんとも微笑ましい二人に、フィリスの笑みはますます深くなっていったのだった。
「あれを見られてたのか……」
あの時、店内に顔見知りのスタッフの姿がなく安心してたけれど、どうやら桃子は厨房からこっそり見ていたらしい。
パティシエは見ていた!美人姉妹と能天気青年の秘密の逢瀬。過去の想いは風化したのか……
って、これじゃあ2時間もののサスペンスだ。
ともあれ、悩みに悩んだ末にリスティはとりあえず、本命、と言われればそうかもしれないし、義理、と言われてもそう不自然ではないぐらいのサイズのチョコを無事に購入して、これ以上知り合いに会うのは得策ではないと、早々に翠屋を後にしたのだった。
さて。
そんなことがあったりした日から、いつ渡そうか、そもそも本当に渡そうかなんて葛藤するリスティの心をよそに、時間は確実に過ぎていって。
ついに明日はSt.Valentine Day!
どうやって哲平を呼び出そうかと考え続けたリスティの苦悩をよそに。
「明日って確かお仕事、お休みでしたよね?映画行きませんか?今、面白いのやってんですよ」
なんてあっさりいつものように。
「誘われてしまった……」
期待、してるんだろうか。チョコレート。
確信、してるんだったらちょっと悔しい。
ゆらゆらと心は揺れて浮かれて、複雑気分。
「決めた!」
散々悩んで決めたけど、チョコレートは持たずに行こう。
待ち合わせ時間には、もちろん少し遅れて。
確信なんてさせてやらない。
散々振り回して、あちらこちらへ寄り道して。
最後に行こう、翠屋へ。
席にはつかずに、まっすぐそこへ連れて行って。
「ほら、好きなの選びなよ」
Bitter Sweet Valentine!
甘いだけなんて、ボクらしくないから。
<後書き……?>
……リスティなんです、ごめんなさい(爆)
性懲りもなく、拙作「Bitter Bitter」の続編「酒と涙と夜桜と」のそのまた続編を書いてしまいました。
きっと誰一人読みたい人がいないであろう作品の続編を書くなんて、なんて我ながら自虐的なんでしょう(涙)
えっと。
前にも書きましたが。
このSSをうっかり読んでしまって、不快な思いをされたリスティファンの方がみえましたら、ごめんなさい。
こんなSSですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
《戻る》